本をめぐる冒険

読んだ本の感想などを書いてみるブログ。

『おすしやさんにいらっしゃい!』紹介

 こんにちは。

 もうすぐ待ちに待った夏休み!夏休みと言えば、宿題の定番である読書感想文

 とは言え、あらためてまとまった文章を書くのはなかなか大変ですよね。ついつい後回しにして、最後に泣く泣くやることになるのはよく聞く話です。元学生の方には、今となっては懐かしい思い出かもしれませんね。

 というわけで、今月は今年(2022年)の課題図書に指定されている作品を読んでいきます。今回はおかだだいすけさんの『おすしやさんにいらっしゃい!』を紹介します。小学校低学年向けの一作となります。

 

 

〇あらすじ

 きんめだい、あなご、いかを、おすしやさんでさばいて、おすしになるまでをみてみよう。

 

〇私なりの感想文

 キンメダイ、アナゴ、イカを寿司屋で捌くところから調理して握りにするまでを、全編写真たっぷりで紹介しています。子役の子たちのリアクションもちょっとオーバー気味でかわいい感じです。最近流行りの食育というやつでしょうか。

 今はスーパーに並んでいる刺身でしか魚を知らない子もいると聞きますが、本当なのでしょうか。本作はそういった世相を反映しているのかもしれませんね。かく言う私も似た経験があります。子供の頃、我が家ではパック出汁を使っていたので、調理実習で初めて煮干しで出汁を取ったときは結構驚いた記憶があります。普段何気なく食べているものだからこそ、その驚きは大きいものですよね。

 本作では写真がふんだんに使われており、言葉も吹き出しのような感じで表示されていました。キンメダイをいろんな方向から見てみたり、アナゴの腸からうんちを絞り出したりと、ちゃんと子供の興味を引くように作られていたのが印象に残りました。実はイカが貝の仲間だったということは初めて知りました。とても勉強になりました。

 今は便利なことになんでも動画があるので、どうしても写真付き絵本は軽視されがちです。しかし、逆に絵本ならではのメリットもあると思います。

 例えば、動画だと動きがある分、つい流し見しがちです。その点、絵本ではいくらでもじっくり見ることができます。立ち止まって深く考えたり想像を巡らせたりするのは、動画よりも絵本の方が向いているんじゃないかなと思います。また、ネットは自分でキーワードを入れて検索する必要があるため、自分の好きなものしか見なくなるというデメリットもあります。Youtubeのホーム画面もサジェスト機能により自分の好みのものばかりが勝手に表示されます。一方、図書館や本屋ではいろんな本と自由に接することができ、それまで興味がなかった世界を知っていくことにもつながります。他にも健康面で言っても、小さいころからスマホの画面ばかり見続けると、近視になったり猫背になったりする可能性が高まりそうです。もちろん絵本も近い距離で見続けるのはよくないので、たまには『書を捨てよ、町へ出よう』とういことですかね。

 と書きましたが、今は小学校の二宮金次郎像がなくなりつつあるらしいですね。老朽化もありますが、歩きながら本を読むというのが歩きスマホを連想させて危険だいう声もあるとか。ちょっとこじつけな気もしますが、これも時代の流れでしょうか。あと歩きスマホは本当に危ないのでやめましょう。

 かなり脱線しましたが、もし感想文を書くなら、魚をさばく場面を見て新しく知ったことやどう思ったか、などを書くと良さそうです。他にも調理過程を見てみたい寿司ネタや食べ物の話や、さらに実際に自宅でもさばいてみても話が広がりそうですね。人間は他の動物の命を奪って生きている、とまで行くと低学年の子には難しいかもしれませんが、残さずに食べようとか、好き嫌いをしないようにしようとか、そんな風にまとめると子供らしい文章になりそうです。

 ところで、回らない寿司屋は正直ちょっとうらやましかったです。

 ここまで読んでくださってありがとうございました。

『すうがくでせかいをみるの』紹介

 こんにちは。

 もうすぐ待ちに待った夏休み!夏休みと言えば、宿題の定番である読書感想文

 とは言え、あらためてまとまった文章を書くのはなかなか大変ですよね。ついつい後回しにして、最後に泣く泣くやることになるのはよく聞く話です。元学生の方には、今となっては懐かしい思い出かもしれませんね。

 というわけで、今月は今年(2022年)の課題図書に指定されている作品を読んでいきます。今回はミゲル・タンコさんの『すうがくでせかいをみるの』を紹介します。小学校低学年向けの一作となります。

 

 

〇あらすじ

 パパはえが好き。ママはむしが好き。おにいちゃんはおんがくが好き。そしてわたしは、すうがくでせかいをみるの。

 

〇私なりの感想文

 とにかく絵が独特で印象的な絵本でした。きわめて短い文章と味のある絵ですべてを表現する、絵本ならではの特性を生かした素晴らしい出来だったと思います。

 テーマは「好きなもので世界を見ること」という非常にシンプルなものです。「世界を見る」とは、それを使って身の回りのものを考えるといったような意味になります。数学で世界を見るわたしは、紙飛行機を飛ばすときも数学によって軌道を見出します。同じ紙飛行機でも、例えば絵が好きなパパならデザインにこだわるかもしれませんし、虫が好きなママなら虫っぽい折り方?にするかもしれません。好きなものだから自分からどんどん学んでいけますし、とことんつきつめていくこともできます。

 ですが、それはある意味では大人にも難しいことです。「絶対にこれが一番好き」と胸を張って主張できるものを改めて聞かれると、正直選ぶのが難しいですよね。自信がなくて人には言えなかったり、もっとすごい人がいるからと保身的な言い訳したりすることもあります。それどころか、「アレが苦手」とか「コレが嫌い」とかマイナスな面ばかりに注目しがちです。特に人の目を気にしがちな日本人は、自信のない人が多そうです。

 でも本来は「好き」ってそういうものではないんですよね。他人と比べてどうこうするものではなく、もっとシンプルな「気持ち」の問題なんだと思います。他人にどう思われようとも、自分がただ「好き」だから「好き」。嫌いな物には理由がありますが、本当に好きなものには理由はありません。だからこそ、何かを極めている人はみんな自信に満ち溢れていますし、見ていてもカッコいいです。

 もし感想文を書くのなら、純粋に「自分が好きなものは何だろう?」と考えて書くことになると思います。好きだからこういうことをよくする、こんな風になりたい、といった風に、具体的に広げていくのがいいのかな?本作のように、お父さんはこれが好き、お母さんはあれが好き、とみんなが好きなものを挙げていくのも良さそうですね。

 今回意外に思ったのは、小学生らしい主人公は「さんすう」ではなく、「すうがく」が好きなことですね。日本では小学校で習う日常的な「算数」と、中学校以降で習う専門的なものも含む「数学」は、明確に使い分けられています。調べてみると、英語では「算数」も「数学」も区別せずに「Mathematic」を使うみたいです。本当に好きなものなら、「算数」という教科名ではなく、もっと一般的に「数学」として好きという意味でこの訳になったのかもしれませんね

 ここまで読んでくださってありがとうございました。

『ばあばにえがおをとどけてあげる』紹介

 こんにちは。

 もうすぐ待ちに待った夏休み!夏休みと言えば、宿題の定番である読書感想文

 とは言え、あらためてまとまった文章を書くのはなかなか大変ですよね。ついつい後回しにして、最後に泣く泣くやることになるのはよく聞く話です。元学生の方には、今となっては懐かしい思い出かもしれませんね。

 というわけで、今月は今年(2022年)の課題図書に指定されている作品を読んでいきます。今回はコーリン・アーヴェリスさんの『ばあばにえがおをとどけてあげる』を紹介します。小学校低学年向けの一作となります。

 

 

〇あらすじ

 さいきん、ファーンのだいすきなばあばのげんきがない。ママがいうには「じんせいからよろこびがきえてしまったみたい」。ファーンは、ばあばがワアーイ!ってなるものをさがしにいく。

 

〇私なりの感想文

 大好きなばあばの元気が突然なくなってしまい、ファーンはばあばを喜ばせようとします。跳ね回る犬も、ブランコで笑う赤ちゃんも、池に映る太陽のキラキラも、捕まえて持っていくことができないものばかりでした。ファーンが今日あったことをばあばに説明すると、ばあばは再び笑顔を見せました。ばあばにとってファーンこそが喜びだったのです。

 短く無駄のないストーリーで、小学生にはこれくらいシンプルな方が伝わりやすいのかなと思いました。一方で「人生の喜び」は大人にとっても難問と言えます。また、ちゃんと言葉にして伝えるという文化に、海外の作品らしさも感じました。日本人は、特に大人になると言うのが恥ずかしかったりしますよね。

 もし感想文を書くなら、「自分ならワアーイ!と思うのはどんなことだろう?」と考えて描くのが良さそうです。それは形のあるものなのか、どこが好きなのか、どんな気持ちになるのか。もちろんそれはいくつあってもいいと思います。自分の感情を改めて言葉にするのは結構大変そうですが。「家族」というのはこういう場合の模範解答っぽいですが、かと言って他のものではなかなか勝てなさそうです。

 ちなみに、今回も登場人物はママ、ばあばと女性ばかりでした。子供が小さいうちは母親にべったりなので仕方ないのかな?今後のパパの奮闘に期待します。

 ここまで読んでくださってありがとうございました。

『つくしちゃんとおねえちゃん』紹介

 こんにちは。

 もうすぐ待ちに待った夏休み!夏休みと言えば、宿題の定番である読書感想文

 とは言え、あらためてまとまった文章を書くのはなかなか大変ですよね。ついつい後回しにして、最後に泣く泣くやることになるのはよく聞く話です。元学生の方には、今となっては懐かしい思い出かもしれませんね。

 というわけで、今月は今年(2022年)の課題図書に指定されている作品を読んでいきます。今回はいとうみくさんの『つくしちゃんとおねえちゃん』を紹介します。小学校低学年向けの一作となります。

 

 

〇あらすじ

 2つ年上のおねえちゃんは、とっても頭がよくてものしり。計算も早くて、ぶあつい本も読めて、ピアノもできる。わたしに対してはいじわるで、いつも「グズだから」と言って手伝わせてくれない。でも、わたしにとっては、じまんのおねえちゃん。

 

〇私なりの感想文

 おねえちゃんが大好きなわたし(つくしちゃん)と、普段は軽くあしらいながらもちゃんと妹のことも考えているおねえちゃんの、心温まる日常といった感じでした。おねえちゃんは何でもできるわけではなく、いつも右脚を引きずっていて、運動は得意ではないみたいです。わたしはおねえちゃんをかばったり気を遣う場面もあって、純粋な優しい気持ちがまっすぐに伝わってきます

 本作は全5話構成で、おばあちゃんちから帰る話、遅刻してしまう話、ドッジボールの話、手芸の話、お祭りに行く話があります。一見どこにでもありそうな話ばかりですが、だからこそ子供にも共感しやすいのだと思います。それでも短い話の中にもしっかり盛り上がるところがあって面白かったです。各ページ書かれている挿し絵も優しい雰囲気で、はっきりした表現の多い漫画やアニメとは違って、控えめながら想像力をかき立てられます。

 気になったのは、おかあさんやおばあちゃんは出てくるのに、おとうさんやおじいちゃんは出てこなかったことです。おとうさんが育児になかなか参加しないという、社会の負の側面を感じます。特に子供はおかあさん大好きなので仕方ないのかもしれませんが。イクメンが増えていくと、また変わるのかもしれませんね。

 小学校の時以来、久々に絵本を読んだのですが、すごく優しい気持ちになりました。こんなおねえちゃんが欲しかった・・・。

 ここまで読んでくださってありがとうございました。

信長をめぐる冒険 ~15人の織田信長の小説

 こんにちは。

 天正10年6月2日(新暦に直すと1582年6月21日)は、本能寺の変が起こった日です。織田信長は家臣である明智光秀の謀反により、天下統一を目の前にしてその生涯を閉じることとなりました。信長といえば、好きな歴史上の人物ランキングなどで1位に輝くことが多く、その人気は非常に高いです。どうしてそんなに人気があるのでしょうか。今月はそんな信長が登場する小説を読んでみました。

 今回驚いたのは、信長が登場する小説の数の多さでした。出版年数順に読んでいったのですが、近年の歴史ブームもあってむしろ最近の方が出版数が多かった印象です。あまりの多さに選ぶのも難しいくらいでした。それだけ織田信長という人物が、日本史上でも強い個性を持った魅力的な存在だったことの表れでしょうか。

 

 

 

『新書太閤記』紹介 - 本をめぐる冒険

 1作目から秀吉が主人公の太閤記ですがお許しを。物語は小牧長久手の戦いまでですが、かなりの超大作。吉川英治版の織田信長は、乱世の時代に日本全体を思考する英雄であり政治家でした。ボリューミーな全11巻。

 

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坂口版『織田信長』紹介 - 本をめぐる冒険

 坂口安吾版の織田信長は、自信家に見えて不安を抱え、人間が死ぬものと考えているからこそ常に命を懸けて行動しているという逆説的な人物でした。短編(未完成)。

 

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登場人物のキャラクター性が際立つ 山岡版『織田信長』紹介 - 本をめぐる冒険

 山岡荘八版の信長は常に人を食ったような感じで、少年期から青年期は少年マンガの主人公のような、壮年期からは恐ろしい怪物のような印象を受けました。濃姫との掛け合いがお気に入り。すらすら読める全5巻。

 

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『織田信長 炎の柱』紹介 - 本をめぐる冒険

 大佛次郎版の信長は、人間のおぞましさを嫌い、人間を終わらせるために自らが鬼となる、まさしく燃え盛る炎のような人物です。テーマがはっきりしているので集中して読みやすかったです。濃厚な全2巻。

 

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『国盗り物語』紹介 - 本をめぐる冒険

 司馬遼太郎版の信長は、斎藤道三を主役とした前半を受け、特に道三の弟子という文脈で捉えます。同じく道三からの薫陶を受けた光秀にも注目しています。バランスのいい全4巻。

 

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『覇者』紹介 - 本をめぐる冒険

 『逆説の日本史』の井沢元彦さんが、信長と信玄という二人の覇者の戦いを描きます。全体的に理屈付けがしっかりしている印象。ロマンスもある全3巻。

 

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『天魔信長』紹介 - 本をめぐる冒険

 若き信長が家督を継ぎ桶狭間で勝利するまでの物語。これから、というところで終わります。物足りない?全1巻。

 

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畑山版『織田信長』紹介 - 本をめぐる冒険

 畑山版の信長はまさかのシスコン疑惑!?謙信との対比にも着目しています。オリジナル要素も多い全1巻。

 

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『本能寺』紹介 - 本をめぐる冒険

  光秀との関係にクローズアップして、出会いから本能寺の変に至るまでを描きます。完璧な信頼関係で通じ合った信長と光秀がすごく新鮮です。仲が良すぎた全1巻。

 

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『火天の城』紹介 - 本をめぐる冒険

 安土城築城物語。信長に応え、これまでにない城を造ろうとする大工たちの命を懸けた戦い。まとまりのよい全1巻。

 

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『信長の棺』紹介 - 本をめぐる冒険

 信長の伝記作者を主人公として、本能寺の変の謎に挑む歴史ミステリー。密度の濃い全2巻。

 

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『織田信奈の野望』紹介 - 本をめぐる冒険

 たまにはラノベでも。まさかの美少女化!?まさかの全22巻+外伝。

 

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『蒼き信長』紹介 - 本をめぐる冒険

 家族を大切にする微笑ましい信長像は、現代にも通じるものがあります。全2巻。

 

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『信長嫌い』紹介 - 本をめぐる冒険

 信長に敗れていった者たちから見た短編集。普段は注目されない人々ばかりで新鮮でした。7話構成の全1巻。

 

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『信長の原理』紹介 - 本をめぐる冒険

 歴史上の戦国武将たちに、現代の社会学的な法則を当てはめる意欲作。完成度の高い全2巻。

 

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 ひとつ面白いと思ったのは、それぞれ描写されている信長が作品ごとに少しずつ違っていることです。織田信長という人間はもちろん一人しかいませんが、その解釈は作家ごとに異なっていました(全く同じものを書いたらパクリになってしまうのもありますが)。あるものは斎藤道三との関係に重きを置き、あるものは武田信玄との相違点に着目し、またあるものは父の織田信秀と対比させます。一方では明智光秀とだんだんすれ違っていき、また一方では逆にツーカーといっていいくらい通じ合っています。オリジナル要素を多く取り入れている作家もいれば、最新の研究をふんだんに取り入れている作家もいました。信長の敗者を主人公にしていたり、美少女化しているものまであったりします。

 実は今回は信長の一生を扱った作品ばかりということで、同じことを何度も読むことになるのかなと少し不安もありました。しかしいざ読んでみるとそんなことはなく、最後まで飽きずに読むことができました。「何年に何が起きた」といった全体的な流れこそ同じですが、捉え方によって全く違った見方ができて新しい発見の連続でした。実際に現実にあった「史実」は一つしかありませんが、「歴史」というものは書く人によっていくつも存在するということですかね。むしろ、15人の違った信長を見ていくような感覚を味わえました。そこが歴史の教科書と違った、歴史小説ならではの面白さだと思いました。

 信長に関しては、どの作品でも共通して、①軍事的・政治的に革新的であること、②新しい技術や人材を積極的に取り入れていること、③性格的には非常に怒りっぽく敵にも部下にも恐れられていることなどが描写されています。また、天才な革命児であるがゆえに孤独であることに触れられている作品も多かったです。他にも、取り入るのがうまい秀吉、忍耐力のある家康といった基本的なキャラクター性はどの作品でも共通でした。謙信と信玄は信長の上を行く軍事的な天才として描かれ、道三は真っ先に信長の真価を見抜きます。

 ですが、作品によって全く違う性格の人物もいました。例えば光秀は、一般に優秀だが柔軟性のない人物として描かれることが多いですが、信長と通じ合っているとする場合もありました。本能寺の変での豹変をどう説明するのかも重要なポイントで、扱いが難しい印象も受けました。さらに興味深いのが信長の正室である濃姫でした。大きくは「冷たい濃姫」と「優しい濃姫」の2パターンが存在し、前者の方がやや優勢でした。どうやら濃姫の記録はほとんど残されていないらしく、作者の趣味がかなり反映されているようでした。

 個人的なオススメを挙げると、山岡版『織田信長『信長の原理』になります。

 山岡版『織田信長は結構古い上に長めですが、とにかくキャラクターが立っていてどんどん読みたくなる魅力がありました。特に信長と濃姫の掛け合いが息ぴったりで、本作では珍しく優しい濃姫が見られます。逆に終盤で光秀が追い詰められていく様子はかなり痛々しく感情移入してしまいました。歴史小説とは思えないくらい生き生きした人物描写に引き込まれていきます。

 『信長の原理』は今回読んだ中では最も新しい作品になります。信長を巡る一連の動きが「働きアリの法則」によってうまく説明されており、一貫性があってとにかく完成度が高かったです。現代の法則を戦国時代に当てはめる斬新さに加え、信長の行動についての納得感は今までで一番あったと思います。すべての描写がクライマックスの本能寺の変に向かって進行していく様は圧巻です。

 ここまで読んでくださってありがとうございました。

『信長の原理』紹介

 こんにちは。

 天正10年6月2日(新暦に直すと1582年6月21日)は、本能寺の変が起こった日です。織田信長は家臣である明智光秀の謀反により、天下統一を目の前にしてその生涯を閉じることとなりました。信長といえば、好きな歴史上の人物ランキングなどで1位に輝くことが多く、その人気は非常に高いです。どうしてそんなに人気があるのでしょうか。今月はそんな信長が登場する小説を読んでみたいと思います。

 天正10年6月、いよいよ運命の日が訪れます。上洛した信長は、わずかな小姓のみを連れて本能寺に入りました。中国へ援軍に向かうはずだった光秀が本能寺を襲撃。寺が炎に包まれる中、信長は自害したと言われています。「人間五十年」一歩手前の49歳のことでした。光秀がなぜ謀反を起こしたのか?信長の遺体が見つからなかったのはなぜか?信長はなぜ上洛したのか?など、本能寺の変には多くの謎が残されており、今でも様々な説が唱えられています。

 さて、今回紹介するのは、垣根涼介さんの『信長の原理』です。どれだけ勢力を伸ばしても謀反が続いた信長の生涯を、ある社会学の法則を用いて紐解いていきます。

 

 

〇あらすじ

 幼い頃蟻の行列を見ていた少年はあることを発見する。その後成長して弾正忠家の跡を継ぎ、弟と戦うことになる。しかし自ら鍛えた兵のうち、積極的に戦う者が2割、それにつられて戦う者が6割、全く戦わない者が2割いることに気が付き、愕然とする。それは蟻を観察して発見した法則と同じだった。

 

信長の魅力、ここにあり!

 本作の信長は常に怒りに満ちています。あるときは全力で戦えない家来たちに、あるときは自分を理解しようとしない周囲に、そしてあるときは力不足を痛感した自分自身に対し、烈火のごとく怒り狂います。少しでも思った通りに行かないとすぐに腹を立て、その怒りをエネルギーにして次の行動に使うように動きます。
 本作で取り上げられている「2割が積極的に働き、6割は漫然と働き、2割は全く働かない」という法則は、いわゆる働きアリの法則、もしくはパレートの法則と呼ばれる社会学上の理論ですね。19世紀の経済学者のパレートは「2割の富裕層が富の8割を所有する」というパレートの法則を提唱しましたが、それよりも300年前に生きた信長は、経験と分析により自力で人間社会の法則を見つけます。怒りに任せた激情家というイメージの信長ですが、常に徹底的な観察と分析を欠かさない冷静さも兼ね備えています。特に蟻を使った実験をさせる様子は、戦国武将というよりも生物学者みたいで面白かったです。
 そして、その法則によりすべてが一貫して説明されているのが、本作の最も素晴らしいところです。松永久秀荒木村重の裏切り、突然の重臣たちの粛清、さらには本能寺の変に至るまでが同じ理論で説明されているため、すごく納得感がありました。また、働きアリの法則を題材にしていることで、現代社会に生きる私たちにとっても分かりやすくなっています。歴史小説に現代の理論を取り入れるというのはとても新鮮で面白かったです。
 垣根さんはデビュー作はミステリー小説だったようですが、歴史小説においてもこんなに斬新な作品を書かれているのは驚きですね。他にも『光秀の定理』も出版されているので、今度はそれも読んでみたいと思いました。信長は「原理」なのに光秀は「定理」なんですね。何か意味があるのでしょうか。
 ここまで読んでくださってありがとうございました。

『信長嫌い』紹介

 こんにちは。

 天正10年6月2日(新暦に直すと1582年6月21日)は、本能寺の変が起こった日です。織田信長は家臣である明智光秀の謀反により、天下統一を目の前にしてその生涯を閉じることとなりました。信長といえば、好きな歴史上の人物ランキングなどで1位に輝くことが多く、その人気は非常に高いです。どうしてそんなに人気があるのでしょうか。今月はそんな信長が登場する小説を読んでみたいと思います。

 天正10年、天目山の戦いで信長に敗れた勝頼が自害し、ついに武田が滅亡しました。手取川の戦いで織田軍を打ち破った越後の名将・上杉謙信も急死しており、これで主な敵対勢力は、中国の毛利氏と四国の長曾我部氏を残すのみとなりました。悲願の天下統一まで、あと少し。

 さて、今回紹介するのは、天野純さんの『信長嫌い』です。本作はタイトル通り、信長に敵対する武将たちを主役とした短編集です。

 

 

〇あらすじ

 今川義元は、兄弟の恵探を殺して家督を継いだころの夢を見ていた。あるとき、三河を視察していたさいに織田勢の襲撃を受ける。師の雪斎から謀略を学んだ義元に対し、孤独な信長はすべてを一人で学んでいた。

 真柄直隆は、初陣で伝説的な重臣・宗滴に認められ、朝倉家を託される。その15年後、信長に上洛を促された朝倉家は存亡の危機を迎えていた。

 名門だった六角家も衰退し、追い詰められた承禎は自害を試みるもそれも失敗した。いったいどこで道を間違えたのか、かつて三好氏を京から追い出した頃に思いを馳せた。

 三好義継は信長から婚姻を勧められるが、相手は自分がかつて討ち果たした将軍の妹だった。思えば長慶の死後分裂した三好氏の跡を継いだ時から、義継は周囲に流されてばかりだった。

 宿老佐久間信盛の嫡男信栄は、初めて父から離れて本願寺攻めに参加した。戦や、それを強制する信長を何よりも恐れる信盛は、千宗易の茶会に参加したことからこれからの出世のみを茶の湯に見出す。

 百地丹波は焦土と化した伊賀を眺めていた。暴虐の限りを尽くす魔王信長を討つべく暗殺をたくらむが失敗、そのときの信長の禍々しい目線に感じたことのない恐怖を覚えるのだった。

 織田秀信は物心つく前に没した祖父が本能寺の炎の中で佇む夢を見ていた。ある時、天下人になった秀吉は、祖父そっくりの秀信を信長と思い込んで異様な怯えを見せた。その姿は秀信の中にある何かを解き放つのだった。

 

信長の魅力、ここにあり!

 本作では信長はほとんど出てきません。が、信長と敵対していた者たちにとって、その存在はあまりにも大きなものでした。あえて信長自身が登場しないことにより、魔王のような得体のしれない不気味さを感じさせるという逆説的な構成となっています。
 本作は、桶狭間姉川、上洛、将軍殺害、本願寺攻め、伊賀、そして関ヶ原といったように、各話は信長の戦いに沿って時系列順に並んでいます。改めて見ると、信長の一生は敵と戦ってばかりだったことを再認識させられますね。
 従来の信長を主人公とした小説では、天下統一を邪魔する者として見せ場もなくあっさりと敗れていく人たちをあえて主人公としているのが新鮮で面白かったです。普段は見過ごされがちですが、歴史の敗者にも言い分があり、何らかの理由があって戦っています。各主人公は信長に対してそれぞれ敵対心や恐怖といった感情を持っています。彼らは絶望の中で負けていくわけではでなく、ある程度何かを納得してから負けていくので、敗者の小説と言いつつも全体的な暗さが抑えてあるので読後感も悪くはありません。
 ここまで読んでくださってありがとうございました。