本をめぐる冒険

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『織田信奈の野望』紹介

 こんにちは。

 天正10年6月2日(新暦に直すと1582年6月21日)は、本能寺の変が起こった日です。織田信長は家臣である明智光秀の謀反により、天下統一を目の前にしてその生涯を閉じることとなりました。信長といえば、好きな歴史上の人物ランキングなどで1位に輝くことが多く、その人気は非常に高いです。どうしてそんなに人気があるのでしょうか。今月はそんな信長が登場する小説を読んでみたいと思います。

 天正三年(1575年)、織田・徳川連合軍と勝頼率いる武田軍との間で長篠の戦いが行われました。火縄銃を3列に分けて弾込めの隙をなくす戦術が見事にはまり、信長らは戦国最強と言われた武田騎馬隊を圧倒的に打ち破りました。これにより武田は多くの有力武将を失い、衰退の道を辿っていくことになります。

 さて、今回紹介するのは、春日みかげさんの『織田信奈の野望』です。信長そっくりの女の子や姫武将たちが活躍する歴史系ライトノベルとなります。

 

 

〇あらすじ

 戦国シミュレーションゲームが大好きな現代の高校生・相良良晴は、気が付くと戦国時代の合戦の真っ只中にいた。今川義元(美少女)と松平元康(美少女)から逃げる中、木下藤吉郎(男)に助けられ意気投合する。が、藤吉郎は流れ弾に倒れ、主君を助けるように言い残す。良晴は織田信長に仕えようと本陣へと向かうが、そこには不良のような格好の女の子が。彼女は「織田信長」ではなく「織田信奈」と名乗るのだった。

 

信長の魅力、ここにあり!

 本作に登場するのは信長ではなく信奈。主人公も読者も、信長始め戦国武将が美少女になった世界にいきなり放り込まれてしまいます。現代の描写はまったくないまま戦国時代から始まり、なぜ飛ばされたのかも分からないまま、話がどんどん進んでいきます。そのあたりを説明する気もないあたり、開き直っていてむしろすがすがしいくらいです。主人公も適応力が極めて高く、目の前の合戦に臆することなくこの世界で生きていくことをあっさり受け入れます。この勢いあるテンポの良さが『信奈』の良いところで、細かいことは考えずに読んでいける、まさにライトなノベルといった感じです。ヒゲ面のおじさんや太ったおじさんが皆かわいらしい女の子になっていることで、戦国時代の過酷な面もかなりマイルドになっていました。柴田勝家の登場シーンでは、思わず主人公のツッコミとシンクロしてしまいました。
 一方で、歴史に関する記述については、一般的な歴史小説に勝るとも劣らないくらい詳しく書かれています。あとがきでも触れられていますが、最近の学説では桶狭間は山だったと考えられているそうで、従来の定説だけでなく最近の研究も取り込んで本作が書かれています。ラノベを読む層の大半はおそらく歴史について詳しくはなさそうですが、ここまで本格的に書くのはかなりの挑戦だったかと思います。
 ですが、タイムスリップものらしく、「歴史のIF展開」的な要素もあるのが本作の面白いところです。信奈に魔王になってほしくない良晴は、弟を殺そうとする信奈を止め、桶狭間で敗れた義元の命も助けます。もしあのとき信長が別の判断を下していたら、と考えるのは面白そうですが、案外そういう小説は他になかったので新鮮でした。
 また、個人的に「○○が美少女に」パターンでは、大抵の場合において男主人公が不要な存在になるという偏見を持っていましたが、本作の主人公の良晴は結構熱い部分を持っていて好感を持てました。未来の歴史知識だけでなく、信奈を人間的に導こうとするところは意外で面白かったです。これまでの信長小説は、圧倒的な信長にただひれ伏すだけ、というのが常識化していたように思います。どうやら信奈(信長)のように、偏見や常識に囚われてはいけないようですね。
 かわいい女の子目当てな人はもちろん、「どうせラノベでしょ」と思っている人も、信奈(信長)のように、古い常識を捨ててみてはいかがでしょうか。
 ここまで読んでくださってありがとうございました。