畑山版『織田信長』紹介
こんにちは。
天正10年6月2日(新暦に直すと1582年6月21日)は、本能寺の変が起こった日です。織田信長は家臣である明智光秀の謀反により、天下統一を目の前にしてその生涯を閉じることとなりました。信長といえば、好きな歴史上の人物ランキングなどで1位に輝くことが多く、その人気は非常に高いです。どうしてそんなに人気があるのでしょうか。今月はそんな信長が登場する小説を読んでみたいと思います。
上洛を果たした信長は朝倉義景討伐のため越前へ攻め入りますが、同盟関係にあった浅井長政が裏切って挟み撃ちに遭ってしまいます。金ヶ崎で秀吉が殿を務め、命からがら退却することになります。体勢を立て直した織田・徳川連合軍は、姉川で浅井・朝倉連合と再び死闘を繰り広げます。
さて、今回紹介するのは、畑山博さんの『織田信長』です。本作では上杉謙信をライバル視する、一風変わった織田信長が見られます。
〇あらすじ
永禄2年、上洛した信長一行は長尾景虎の家臣たちといさかいを起こします。信長の連れたちは、清廉潔白な景虎に仕える家臣たちが賭場にいることを嘲笑いました。しかし、信長は相手の澄んだ目を見て、会ったこともない景虎に対し、沸き立つ闘志と妙な懐かしさを感じるのでした。
〇信長の魅力、ここにあり!
前にご紹介した『覇者』では同じく天下統一を目指す武田信玄との関係が描かれましたが、本作の信長はその信玄の生涯のライバルである上杉謙信を強く意識しています。謙信といえば軍神と呼ばれるほどの名将ですが、ここまで読んできた信長の物語ではあまり出番がありませんでした。というのも、謙信は領土拡大のための戦いはせず、戦の途中であっても冬になって雪が降ると引き上げてしまうという、戦国武将としては珍しいタイプでした。天下統一を目指す信長とは真逆とも思えますが、あえて謙信との関係性に着目したところは本作ならではの要素です。
作中で信長は謙信に対して劣等感のようなものを感じていました。人を惹きつける求心力を持つ謙信に対し、信長は自分の周りは敵ばかりだと感じています。急進的な信長に反発する者は多かったですが、反信長勢力は天下統一を目指していないはずの謙信を担ぎ上げようとします。そう考えると二人は正反対の存在だったように思えます。
また、本作には槍沢不亡という盲目の僧と、風という不思議な力を持つ忍びが登場します。ややファンタジックな力を持つオリジナルのキャラクターが登場することで、本作はかなり独特な雰囲気を持つ作品となっています。カタカナの言葉が普通に登場するのも歴史小説にはかなり珍しい感じを受けました。
ところが、本作で最も印象に残ったのは、妹のお市の方に対する信長の強い思いでした。お市の方と言えば尾張一の美貌を持つとされ、浅井長政のもとに嫁ぎますが、浅井滅亡の際に3人の娘とともに助け出されました。本作でも薄幸の女性風に描かれています。そんなお市の方に対し、信長は兄妹の関係を超えているかのような態度を見せます。お市の方もまんざらではなさそうな描写です。直接言葉には出さないものの、二人の雰囲気はほとんど男女の関係を匂わせます。確かに弟を殺し、多くの女子供を見せしめに殺してきた信長が、浅井氏を滅ぼす際にはお市の方だけはなんとか助けようとしています。母や弟といった家族さえ敵だった信長にとって、妹は数少ない血のつながった味方だったのかもしれません。逆に夫だった長政のしゃれこうべを杯にしたという話も、もしかして嫉妬が混じっていたのかも?「禁断の兄妹愛」と言えば陳腐な表現になってしまいますが、言われてみるとなかなか興味深い解釈です。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
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