本をめぐる冒険

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『信長嫌い』紹介

 こんにちは。

 天正10年6月2日(新暦に直すと1582年6月21日)は、本能寺の変が起こった日です。織田信長は家臣である明智光秀の謀反により、天下統一を目の前にしてその生涯を閉じることとなりました。信長といえば、好きな歴史上の人物ランキングなどで1位に輝くことが多く、その人気は非常に高いです。どうしてそんなに人気があるのでしょうか。今月はそんな信長が登場する小説を読んでみたいと思います。

 天正10年、天目山の戦いで信長に敗れた勝頼が自害し、ついに武田が滅亡しました。手取川の戦いで織田軍を打ち破った越後の名将・上杉謙信も急死しており、これで主な敵対勢力は、中国の毛利氏と四国の長曾我部氏を残すのみとなりました。悲願の天下統一まで、あと少し。

 さて、今回紹介するのは、天野純さんの『信長嫌い』です。本作はタイトル通り、信長に敵対する武将たちを主役とした短編集です。

 

 

〇あらすじ

 今川義元は、兄弟の恵探を殺して家督を継いだころの夢を見ていた。あるとき、三河を視察していたさいに織田勢の襲撃を受ける。師の雪斎から謀略を学んだ義元に対し、孤独な信長はすべてを一人で学んでいた。

 真柄直隆は、初陣で伝説的な重臣・宗滴に認められ、朝倉家を託される。その15年後、信長に上洛を促された朝倉家は存亡の危機を迎えていた。

 名門だった六角家も衰退し、追い詰められた承禎は自害を試みるもそれも失敗した。いったいどこで道を間違えたのか、かつて三好氏を京から追い出した頃に思いを馳せた。

 三好義継は信長から婚姻を勧められるが、相手は自分がかつて討ち果たした将軍の妹だった。思えば長慶の死後分裂した三好氏の跡を継いだ時から、義継は周囲に流されてばかりだった。

 宿老佐久間信盛の嫡男信栄は、初めて父から離れて本願寺攻めに参加した。戦や、それを強制する信長を何よりも恐れる信盛は、千宗易の茶会に参加したことからこれからの出世のみを茶の湯に見出す。

 百地丹波は焦土と化した伊賀を眺めていた。暴虐の限りを尽くす魔王信長を討つべく暗殺をたくらむが失敗、そのときの信長の禍々しい目線に感じたことのない恐怖を覚えるのだった。

 織田秀信は物心つく前に没した祖父が本能寺の炎の中で佇む夢を見ていた。ある時、天下人になった秀吉は、祖父そっくりの秀信を信長と思い込んで異様な怯えを見せた。その姿は秀信の中にある何かを解き放つのだった。

 

信長の魅力、ここにあり!

 本作では信長はほとんど出てきません。が、信長と敵対していた者たちにとって、その存在はあまりにも大きなものでした。あえて信長自身が登場しないことにより、魔王のような得体のしれない不気味さを感じさせるという逆説的な構成となっています。
 本作は、桶狭間姉川、上洛、将軍殺害、本願寺攻め、伊賀、そして関ヶ原といったように、各話は信長の戦いに沿って時系列順に並んでいます。改めて見ると、信長の一生は敵と戦ってばかりだったことを再認識させられますね。
 従来の信長を主人公とした小説では、天下統一を邪魔する者として見せ場もなくあっさりと敗れていく人たちをあえて主人公としているのが新鮮で面白かったです。普段は見過ごされがちですが、歴史の敗者にも言い分があり、何らかの理由があって戦っています。各主人公は信長に対してそれぞれ敵対心や恐怖といった感情を持っています。彼らは絶望の中で負けていくわけではでなく、ある程度何かを納得してから負けていくので、敗者の小説と言いつつも全体的な暗さが抑えてあるので読後感も悪くはありません。
 ここまで読んでくださってありがとうございました。