本をめぐる冒険

読んだ本の感想などを書いてみるブログ。

『蜜蜂と遠雷』紹介

 こんにちは。

 みなさんは、秋と言えば何を思い浮かべますか?読書の秋ももちろんいいですが、秋と言えば芸術の秋ですね。たまには優雅なピアノの演奏に耳を傾けたくなります。

 世界で初めて「ピアノ」が生まれたのは今から300年前、イタリア人のチェンバロ作家バルトロメオ・クリストフォリが、メディチ家の王子の要請を受けて作成しました。「クラヴィチェンバロ・コル・ピアノ・エ・フォルテ」という名前で、指のタッチだけで音の強弱が付けられる機構が備わっていました。

 というわけで、9月のテーマは『ピアノ』になります。

 さて今回は、恩田陸さんの『蜜蜂と遠雷』を紹介します。2017年の直木賞本屋大賞をダブル受賞した作品です。

 

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♪ あらすじ

 オーディションに遅刻したうえにTシャツ姿で現れた風間塵は、独創的で瑞々しい演奏で退屈な空気を一変させた。世界的音楽家ホフマンに師事したという彼の途方もない才能を他の審査員たちは絶賛したが、三枝子が感じたのは恐怖と怒りだった。

 かつての天才ピアニスト栄伝亜夜は、母の死をきっかけにピアノから離れていたが、音楽大学の学長に再び才能を見出されて再びコンクールに向き合う。

 楽器店で働くピアニストで一児の父でもある高島明石は、今回のコンクールが最後の挑戦だと考えていた。

 日系3世の母など色々な血を受け継ぐマサル・カルロス・レヴィ・アナトールは、ピアノを始めるきっかけとなった女の子を思い返していた。

 4人のピアニストは、それぞれの思いを抱えながら芳ヶ江国際ピアノコンクールに臨む。

 

♪ 間奏

 本作は、プロのピアニストを目指す若者たちがしのぎを削る厳しいコンクールの世界が描いています。彼らは幼いころから毎日何時間も弾き続け、過酷な競争を勝ち抜いて栄冠を目指します。プロになれるのはほんの一握りの人間だけ、さらにその先も食べていけるかどうかは分かりません。そんなあまりにも非情で過酷なピアノの世界ですが、だからこそ尊く美しいとも言えます。

 4人のピアニストはそれぞれに違う立場、動機からピアノの腕を競い合うことになります。風間塵は演奏も生い立ちも動機も独創的な人間として描かれています。養蜂家の父と移動しながら生活しており、弟子をめったに取らないホフマンに見出されました。しかも自分のピアノを持っておらず、コンクールで入賞したら買ってもらえると言って周囲を驚かせました。あらゆる要素が常識から外れているため、ホフマンが言ったように絶賛する人もいれば拒絶する人もいます。一方マサルは、王子様のようなルックス、アスリートのように鍛えられた肉体、ピアノの腕も超一流と非の打ちどころがありません。彼らは天才性を示すようにあまりにも人間離れしています。

 それに対し亜夜はピアノの才能こそ二人に引けを取りませんが、母の死によりピアニストとして挫折した過去があります。コンクール中にも苦悩しながら一番成長していくため、多くの読者が感情移入しやすいと思いました。最後の明石は労働者として働きながらピアノを弾いており、お金持ちの家庭が多いコンテスタントの中で最も一般人に近い立場にあります。前者の2人が非現実的なのに対し、後者2人はドラマがあって共感しやすくなっています。彼らの個性が響き合い、物語が進むにつれてフィナーレに向かって盛り上がっていきます。生まれも立場も違う彼らが優勝というただ一つのゴールを目指すからこそ、コンクールは神聖なものとされるのかもしれません。

 素晴らしい演奏は聴衆を奏者の世界に連れていってくれます。本作でも演奏シーンの表現には力がこもっており、読者を音楽世界に引き込んでいきます。順番に弾いていくコンクールではそのたびに目まぐるしく世界が切り替わります。もちろんそれがとても面白いのですが、読者としては振り回されるところもあって、審査員の三枝子がぼやくように精神的に結構気疲れする気もしました。本当にコンクールをすべて聴くとこんな気持ちになるのでしょうか。

 ここまで読んでくださってありがとうございました。