本をめぐる冒険

読んだ本の感想などを書いてみるブログ。

『調律師』紹介

 こんにちは。

 みなさんは、秋と言えば何を思い浮かべますか?読書の秋ももちろんいいですが、秋と言えば芸術の秋ですね。たまには優雅なピアノの演奏に耳を傾けたくなります。

 ピアノの1オクターブには、7つの白鍵と5つの黒鍵があります。実は黒鍵は最初からあったわけではありませんでした。最初にシの♭、次いでファの#、ミの♭、ドの#、ソの#の順で加えられていき、14世紀ごろには今の形に落ち着いたと言われています。

 というわけで、9月のテーマは『ピアノ』になります。

 さて今回は、熊谷達也さんの『調律師』を紹介します。共感覚を持つ調律師を主人公とした連作短編集です。

 

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♪ あらすじ

 鳴瀬はとある家庭にあるピアノの調律を行っていた。小学生の女の子が使っているというピアノからは、生ゴミのような臭いがしていた。(『少女のワルツ』)

 合唱祭を明日に控えた中学校で、横転してしまったというピアノの調律を行う。(『若き喜びの歌』)

 調律の仕事のためにジャズバーに向かうと、依頼人の西舘がジャズピアノを弾いている最中だった。それは死んだ妻が好きだった曲だった。(『朝日のようにやわらかに』)

 鳴瀬はホテルのミニコンサートの調律のため新潟へ向かう。演奏者の南雲はピアノの音だけでなく、演奏プログラムにも不満があるようだった。(『厳格で自由な無言歌集』)

 鳴瀬は音楽教室から漏れ聞こえる音に麦芽のような臭いを感じる。しかし、実際に調律したピアノからしたのは柚の匂いだった。(『ハイブリッドのアリア』)

 疝痛でダウンした鷹栖の代理として、仙台でコンサートチューナーを務めることになった鳴瀬。調律後、若きピアニスト・成澤の激しい「ラ・カンパネラ」を聴いていると、突然激しい揺れが襲う。(『超絶なる鐘のロンド』)

 地震対策で多忙な日々を送る鳴瀬だったが、いつのまにか妻の形見のチューニングハンマーを紛失していることに気が付く。(『幻想と別れのエチュード』)

 

♪ 本の間奏

 本作の主人公は「ピアノの音」を聴くと一緒に匂いを感じるという共感覚を持っています。共感覚は一つの感覚に加えて別の感覚も感じるという現象で、例えば数字に色が付いて見えたり匂いに形を感じたりすると言います。ピアノの魔術師と呼ばれ、超絶技巧を誇ったフランツ・リストも、オーケストラを指揮する際に色で指示をしたという逸話があるそうです。鳴瀬も音を臭いで表現しており、それが本作独自の要素となっています。さらにその共感覚にも秘密があることが判明していくので、読み進めていくモチベーションにもなっています。

 鳴瀬はかなり自省的な性格で、周りの人たちと意識的に距離を取っているように感じました。それは10年前に亡くなった妻のことを引きずり続けているためで、詳しい事情がだんだんと明かされていきます。そのためなんとなく静かな雰囲気で話が進みますが、6話目の『超絶なる鐘のロンド』で一気に転調します。あとがきによると本作の執筆途中で東日本大震災が発生し、仙台在住の著者は創作面でも多大な影響を受けたそうです。それまでの空気感を一気に反転させるので判断が分かれそうですが、突然転調するのもそういう音楽みたいな気もしました。

 小説という文字ベースの媒体で、音楽を臭いで表現するというのがとても新鮮でした。

 ここまで読んでくださってありがとうございました。