本をめぐる冒険

読んだ本の感想などを書いてみるブログ。

『祝祭と予感』紹介

 こんにちは。

 みなさんは、秋と言えば何を思い浮かべますか?読書の秋ももちろんいいですが、秋と言えば芸術の秋ですね。たまには優雅なピアノの演奏に耳を傾けたくなります。

 ピアノが登場する前は、鍵盤楽器としてチェンバロクラヴィコードが存在しました。前者は音が大きいが音の強弱をつけられず、後者は音の微妙なニュアンスを付けられますが音が小さいものでした。ピアノは音が大きい上に強弱や幅を持たせることができ、主流となっていきました。

 というわけで、9月のテーマは『ピアノ』になります。

 さて今回は、恩田陸さんの『祝祭と予感』を紹介します。『蜜蜂と遠雷』に登場した面々の、本編では語られなかった部分を知ることができる短編集となります。そのため『蜜蜂と遠雷』のネタバレが含まれていますのでご注意ください。

 

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♪ あらすじ

 コンクール直後の入賞者ツアーの最中、亜夜とマサル、そしてなぜか風間塵は、亜夜に初めて音楽を教えてくれた渡貫先生の墓参りに来ていた。(『祝祭と予感』)

 優勝者なしの2位という結果に、若きナサニエルは愕然とする。同じく2位を分け合ったのは、大人しそうに見えて気の強い三枝子だった。彼はホフマンの弟子にしてもらおうと詰めかけるが、そこにはまたしても三枝子の姿があった。(『獅子と芍薬』)

 課題曲「春と修羅」を作曲した菱沼。葬式での帰り道、彼はブランコに座りながらかつての教え子のことを思い返していた。(『袈裟と鞦韆』)

 マサルナサニエルは、ジュリアード音楽院で初めて出会ったときの思い出を語り合っていた。(『竪琴と葦笛』)

 ヴィオラへ転向を決めた奏だったが、楽器選びに悩んでいた。階段で鈴蘭を見ているとき、携帯が鳴りだした。(『鈴蘭と階段』)

 サロンコンサートの翌朝、主催者の屋敷で目を覚ましたホフマンは、偶然そこに調査に来ていた養蜂家を見かける。そこへピアノの音が聴こえてきた。(『伝説と予感』)

 

♪ 本の間奏

 本編である『蜜蜂と遠雷』では、コンクールの厳しくも美しい世界が描かれていました。スピンオフ的な本作では、本編では語られなかった部分について短編の形で書かれています。目まぐるしいくらいに密度の濃かった本編に対し、こちらでは舞台から離れた素に近い部分が描かれおり、気楽に読むことができます。本編を読み切ったご褒美的な感じでしょうか。全体的に優しい世界観でした。

 謎に包まれていた風間塵の家族、ナサニエルと三枝子の因縁、菱沼が課題曲「春と修羅」に込めた思い、マサルナサニエルの出会い、伸び悩みを感じていた奏の今後、ホフマンが風間塵を見出した経緯と、本編の世界観を補完するような位置づけになっています。本編では途中でフェードアウトしていった明石が、今回も全く出て来ないのがちょっと悲しいですが。

 6編の中では『袈裟と鞦韆』が哀愁があって個人的にお気に入りです。本編では課題曲「春と修羅」をどう解釈するのかが2次試験の焦点となっていました。作曲者である菱沼が選んだのは、マサルの高レベルで完璧な演奏でも、風間塵の自然の厳しさを体現した激しく斬新なカデンツァでも、それの返歌のような亜夜の静かで包み込むようなカデンツァでもなく、優しさやデリカシーが持ち味という明石の演奏でした。『袈裟と鞦韆』を読むと、それもなんとなく分かる気がします。周囲を巻き込んでいくような圧倒的な才能だけでなく、想像力で相手を思いやって演奏するのも一つの能力な気がしました。

 ここまで読んでくださってありがとうございました。