自由を求める女性と父親との確執を描く『西行桜』紹介
こんにちは。
4月のテーマは『桜』です。桜にまつわる歴史上の人物としては、平安末期の僧侶・西行が挙げられます。辞世の句として「ねかはくは 花のしたにて 春しなん そのきさらきの もちつきのころ」と詠み、その通りに2月16日に亡くなったとされています(如月は旧暦の2月のこと、望月は満月のこと)。花は桜を意味していると言われており、旧暦の2月は今の3月頃に当たります。満開の桜に魅せられるのは千年前も今も変わらないのかもしれません。古くから日本人を魅了してきた桜は、数多くの小説にも登場してきました。
〇どんな本?
西武百貨店や無印良品などを運営するセゾングループ代表という実業家としての面も持つ、辻井喬さんの中編小説となります。
本作は同名の「西行桜」という能の演目を下敷きにした作品です。室町時代の世阿弥の作とされています。
こちらからストーリーを引用すると、「大勢の花見客によって閑居の楽しみを妨げられた西行(能ではワキ。脇役)は、それが桜の花の咎であると歌に詠む。しかし桜の精の老人(能ではシテ。主人公)が現れ、西行の歌に反論して京都の桜の名所について語り、閑雅に舞を舞って夜明けとともに消え去る。」といった内容だそうです。
〇あらすじ
会社の内紛に疲弊した私は、友人に連れられて行った演奏会でチェンバロ奏者の江口紀美子と知り合う。歴史学者である彼女の父親の自伝の出版を請け負うこととなり、紀美子から彼女の半生について話を聞くことになる。彼女は父に反発して家を出た兄の身代わりであるかのように結婚をするが、新婚生活は1年で破綻。ヨーロッパへ音楽留学に向かったのだった。
〇この『桜』がすごい!
タイトルに桜が入っている本作、実は桜そのものはほとんど出てきません。桜を愛したことでも有名な西行法師のエピソードの中で出てくるのみです。
直紀は毎回西行の故事を引用しながら教訓めいたことを娘である紀美子に説きます。しかしそれは、敗戦による時代の転換について行けない父による、古い貴族的価値観の押し付けに過ぎませんでした。結果として逆に紀美子の中の独立心を育てることになるのは皮肉な展開です。
著者の辻井さんは西武グループ代表であった父親と深い確執を抱えており、父の死後は独立してセゾングループを形成していきます。その生い立ちは父の支配からの自由を求める紀美子と重なります。本作の最後に紀美子は父への理解を示すのですが、それは作者本人の願望でもあったのかもしれません。
うーん、純文学は解釈が難しいです。
ここまで読んでくださってありがとうございました。