本をめぐる冒険

読んだ本の感想などを書いてみるブログ。

まるで居合のような斬れ味 『桜を斬る』紹介

 こんにちは。

 4月のテーマは『』です。『桜』をテーマとした本もこれで10冊目。だんだんここに書くネタにも困ってきました。『桜』の本も探してみると思ったよりも多く、桜がいかに日本人の心に深く浸透しているのかが分かります。古くから日本人を魅了してきた桜は、数多くの小説にも登場してきました。

 今回紹介する本は、五味康祐さんの『桜を斬る』です。≪桜≫シリーズでは2回目の時代小説となります。

 

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〇どんな本?

 本作が載っているもので現在最も手に入れやすいのは『人生を変えた時代小説傑作選』というアンソロジーです。6つの短編が収録されているのですが、選出方法が少し変わっています。それは、時代小説作家の山本一力さん、読書家としても知られる児玉清さん、時代小説のアンソロジストである縄田一男さんの3人がそれぞれ2作ずつ、人生を変えた時代小説をテーマに選び抜いた、というもの。山本一力さんの『いっぽん桜』はこちらで紹介しました。『桜を斬る』は児玉清さんによる選書になります。

 巻末に3人の選者たちによる座談会も収録されており、時代小説に対するそれぞれの思いも知ることができます。

 

〇あらすじ

 上州の代官を惨殺した国定忠治は乾児たちを連れて信州へ落ち延びようとしていた。しかし11人も連れてはいけない。忠治に同行する3人を決めるため、相応しいと思う者に入れ札をすることになる。(菊池寛『入れ札』)

 上司である横内利右衛門とともに佐渡へ赴任することになった喜介は、弥十という男を過酷な水替え人足に組み入れる。それは妻の元恋人に対する復讐だった。(松本清張佐渡流人行』)

 寛永御前試合の一つとして、菅沼紀八郎と油下清十郎による腕比べが行われる。紀八郎の修行法は川に身を投げる変わったものだった。(五味康祐『桜を斬る』)

 片桐敬助は縁談話の帰り道、逃げてきた女を助けるために男を斬ってしまう。死亡した男は、一番の剣術の腕を持ち、偏屈者として知られる弓削新次郎の父親だった。(藤沢周平『麦屋町下がり』)

 公武合体を進め、坂下門外の変で襲撃されることになる安藤信正。彼がまだ寺社奉行だったころ、同心の笊ノ目万兵衛門という男がその片腕として活躍していた。(山田風太郎『笊ノ目万兵衛門外へ』)

 吉右衛門はボロボロになりながら迷路のような江戸の路地で迷っていた。彼は、吉良屋敷に討ち入りした46人の同志の真実を伝えるという役目を背負っていた。(池宮彰一郎『仕舞始』)

 

〇この『桜』がすごい!

 『桜が斬る』に出てくる桜はタイトル通り、対決のために斬られる桜です。桜の花びらを散らさずに枝を斬ることで腕を競うことになります。

 本文中に描かれるのは主に紀八郎の修行の描写です。家族の仇を果し合いで倒すため、川に落ちている間に空中で居合を決める修行などを繰り返してついに秘太刀を極めます。剣術修行が理にかなっているような、嘘くさいような感じですが、いかにも剣の達人らしいエピソードです。

 ですがそれまでの生い立ちの描写に対し、勝負の描写はあまりにあっさりと描かれます。その終わり方はまるで居合の技のように一瞬で鮮やかです。斬られるものが桜であることも非常に重要で、絵的にも美しいシーンとなっています。文字通り切れるようなオチがあって、短編としてとてもいい読後感でした。

 他の作品もそれぞれ面白かったです。『入れ札』は駆け引きが面白く、落語にもなっています。『佐渡流人行』は松本清張さんによる時代小説で、ややミステリーっぽい展開もあります。『麦屋町下がり』は剣戟シーンが印象深く、タイトルの付け方が変わっていて面白いです。『仕舞始』は赤穂浪士のうち一人だけ逃亡した寺坂吉右衛門を主人公とし、生き残る辛さを描きます。

 いろいろな作家の作品を楽しめるのがアンソロジーの面白さですね。

 ここまで読んでくださってありがとうございました。