人知れず桜を守る男の生涯を描く『櫻守』紹介
こんにちは。
4月のテーマは『桜』です。有名な話ですが、現在日本に植えられている桜の9割はソメイヨシノと呼ばれる同じ品種です。江戸時代にエドヒガンとオオシマザクラと掛け合わせたソメイヨシノと呼ばれる桜が誕生し、開花の派手さと栽培の手軽さから全国的に流行していきました。古くから日本人を魅了してきた桜は、数多くの小説にも登場してきました。
今回紹介する本は、水上勉さんの『櫻守』です。
〇どんな本?
桜を愛する植木職人を主人公とする、水上勉さんの長編小説です。
〇あらすじ
木樵(きこり)の祖父と過ごした少年時代の影響から桜に特別な想いを持つ弥吉は、桜の第一人者である竹部の下で働くことになる。「たまや」の女中・園と結婚し生活は順調に見えたが、時は日中戦争真っ只中。桜は国の象徴とされ軍歌にも歌われながらも無責任に放置され、戦争用の物資として刈りだされる。それでも弥吉は桜を人知れず懸命に守っていくのだった。
〇この『桜』がすごい!
桜を愛する植木職人が主人公という少し変わった小説です。
注目すべきは、美しい桜がそれぞれのシーンを盛り上げるのに重要な役割を果たしていることでしょう。
少年の弥吉が祖父と母が桜の木の下で戯れている場面に出くわしました。それは幼い脳裏に強烈に焼き付き、弥吉の人生を決定づけることになります。読者にとっても非常に印象深い始まりです。
また、園と新婚初夜を迎える場面でも桜が登場します。まるで桜が二人を見守っているようで、非常に美しいシーンとなっています。
一方で桜を巡る現状を指摘する社会派小説としても興味深いです。
桜が日本軍の象徴とされているのに無残に放置され、挙句の果てに木材調達のために刈り出されてしまいます。また戦争が終わって開発が始まると、桜の木は再び危機にさらされます。弥吉同様、桜も時代の流れに巻き込まれていきます。時代が変わっても人間の身勝手さは変わらない、ということでしょうか。
確かに多くの人にとっては桜は満開の時に見て楽しむだけで、それ以上のことには無関心です。保護しなければならないとは分かっていても、具体的に何かするわけではありません。弥吉や竹部のような個人が保護しているのが現状のようです。そういった人々の情熱があってこそ、美しい桜が守られているのだと思いました。
その美しさからいつの時代も日本人に愛される一方、時代に翻弄される儚い存在でもある桜。本作において桜こそがもう一人の主役であるとも言えそうです。
ここまで読んでくださってありがとうございました。