本をめぐる冒険

読んだ本の感想などを書いてみるブログ。

『舞姫』紹介

 明けましておめでとうございます。

 一年の計は元旦にあり、と言います。今年が良い年になるよう、お正月から良いスタートを切りたいですよね。小説においても初めの一文は重要で、良い書き出しはいきなりその世界観へと引き込んでくれます。

 というわけで、新年一発目のテーマは『書き出し』です。

 さて、今回は森鴎外さんの『舞姫』を紹介します。

 

 

〇書き出し

 石炭をば早や積み果てつ。中等室の卓のほとりはいと静かにて、熾熱燈の光の晴れがましきも徒なり。今宵は夜毎にこゝに集ひ来る骨牌仲間も「ホテル」に宿りて、船に残れるは余一人のみなれば。

 

〇感想

 文豪・森鴎外の『舞姫』は、格調高さを感じる古文のような文体で始まります。残念ながら、現代人からすると普通に読むだけで一苦労といった感じですが。直訳すると「石炭はとっくに積み終えてしまった。」という感じでしょうか。本作が書かれた明治時代には、船と言えば石炭を燃料とする蒸気船が主流でした。幕末の黒船来航以降、日本でも産業革命が起こりました。作中ではブリンヂイシイ(ブリンディジ、イタリア南部の都市)からセイゴン(現ホーチミンベトナムの都市)まで20日余りだったと書かれています。インド半島をぐるりと回り、スエズ運河(19世紀後半に開通)を通って地中海に入ります。道中何度も停泊し、燃料である石炭を積み込む必要があったと思われます。現在は飛行機で18時間ぐらいで行けるそうですが、3週間もかけて船旅というのはかなり大変そうですね。そこまでの留学をさせてもらえるのはかなりのエリートだけだったでしょう。

 ストーリー的には、セイゴンの港に停泊した船の中で太田豊太郎という人物が5年前のことを日記に書いていく形式で進みます。ドイツに留学した太田は美しい舞姫・エリスと知り合い、二人はまもなく恋に落ちます。恋愛にうつつを抜かしていると見なされた太田は免官されるものの、友人の助けにより新聞社の通信員としての仕事を得ることになりました。やがてエリスは妊娠しますが、無情にも太田の帰国が決まってしまいます。気が狂ったエリスは精神病院に入れられ、太田は身重の彼女を残してドイツを去ることになり、冒頭のシーンに繋がります。仕事を取るか、それとも愛する人を取るかは、昔から続く悩ましいテーマです。一度はエリスとの関係を断つと約束してしまった太田の自業自得でもありますが、明治という時代を考えると自分のエゴを貫き通すのは並大抵ではなかったかもしれません。

 ちなみに、エリスにはモデルとなったエリーゼというドイツ人女性がいるそうです。鴎外を追って日本にやって来たと言われており、関連する本も何冊か出ているので、いつか読んでみたいですね。

 ここまで読んでくださってありがとうございました。