本をめぐる冒険

読んだ本の感想などを書いてみるブログ。

『人間失格』紹介

 明けましておめでとうございます。

 一年の計は元旦にあり、と言います。今年が良い年になるよう、お正月から良いスタートを切りたいですよね。小説においても初めの一文は重要で、良い書き出しはいきなりその世界観へと引き込んでくれます。

 というわけで、新年一発目のテーマは『書き出し』です。

 さて、今回は太宰治さんの『人間失格』を紹介します。

 

 

〇書き出し

 私は、その男の写真を三葉、見たことがある。

 一葉は、その男の、幼年時代、とでも言うべきであろうか、十歳前後かと推定されることの写真であって、その子供が大勢の女のひとに取り囲まれ、(それは、その子供の姉たち、妹たち、それから、従姉妹たちかと想像される)庭園の池のほとりに、荒い縞の袴をはいて立ち、首を三十度ほど左に傾け、醜く笑っている写真である。

 

〇感想

 『人間失格』は、簡潔だがどことなく秘密めいた一文から始まります。まず「三葉」という写真の数え方が美しいですね。普段はあまり使わない言い方ですが、これぞ美しい日本語といった感じです。「その男」「写真を三葉」「見たことがある」と続くと、一体どういうことだろうと興味をそそられます。それを続く文章で具体的に説明していきます。1枚目は10歳くらいの子供の写真だそうですが、なぜか「醜く」笑っていると説明されています。2枚目は美男子の学生の写真ですが、やはり気味の悪い何かが隠れていると書かれています。3枚目は白髪の男の写真ですが、今度は特徴が感じられず不愉快になるとあります。以上は「はしがき」の内容で、この後にその男の生涯を書いた3つの手記が続きます。ひょっとしたら第一の手記の書き出しである「恥の多い生涯を送ってきました。」の方が有名かもしれませんね。こちらもいきなり読者の興味を引く一文ですね。

 太宰の遺作である本作は、心中を試みるも生き残ってしまったり、アルコールや薬物の依存に苦しんだ太宰の人生そのものを投影したストーリーになっています。葉蔵は幼少期から人間に対して恐怖を覚えており、彼の孤独は周囲の女を惹きつけ、破滅の道を進んでいきます。しまいには精神病院に入れられてしまいます。「人間、失格。もはや、自分は、完全に、人間で無くなりました。」と句読点を多用して書かれるシーンは、重い効果音を想像してしまうくらい印象的でした。

 全体的に暗い雰囲気の本作ですが、第一の手記には「メチャラクチャラ博士」や「ナンジャモンジャ博士」といった奇抜な名前が登場します。調べてみると、これらは大正時代に実在した雑誌「少年倶楽部」に登場するそうです。「少年倶楽部」には、大佛次郎江戸川乱歩といった大物が子供向けの長編小説を連載していましたが、のちに起こった漫画ブームにより、週間少年マガジンに合併されたと言うことです。

 ここまで読んでくださってありがとうございました。