本をめぐる冒険

読んだ本の感想などを書いてみるブログ。

『いちご同盟』紹介

 こんにちは。

 みなさんは、秋と言えば何を思い浮かべますか?読書の秋ももちろんいいですが、秋と言えば芸術の秋ですね。たまには優雅なピアノの演奏に耳を傾けたくなります。

 というわけで、9月のテーマは『ピアノ』になります。

 世の中には変わった曲が存在します。エリック・サティの作曲した「ヴェクサシオン」という曲は、短いフレーズを18時間も繰り返す、その名の通り嫌がらせのようなものでした。また、ジョン・ケージが作曲した「四分三三秒」は、ステージに上がったピアニストが一切演奏しないという変わった曲なのだそうです。

 さて今回は、三田誠広さんの『いちご同盟』を紹介します。

 

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♪ あらすじ

 ぼくが音楽室で『亡き王女のためのパヴァーヌ』を弾いていると、突然入ってきた羽根木徹也から明日の試合をビデオで撮ってくれと頼まれる。彼の真剣な眼差しと、「人の命がかかっている」という言葉に何かを感じ、ぼくは了承する。試合では徹也は投手としても打者としても大活躍する。撮影したビデオを持って向かった病院で待っていたのは、ベッドの上で生き生きと輝く目をしている直美という女の子だった。

 

♪ 本の間奏

 本作の主人公の北沢は、ピアノを弾くのが好きな中学生。卒業後は音楽学校に通いたいと思っていますが、母親に反対されています。同級生の徹也は野球部のエースとして活躍し、性格も陽気な人気者。そして徹也の幼馴染で、病気で大きな手術をしたばかりという直美。直美の存在により3人はただの三角関係ではなく緊張感をはらんだもので、作品全体の空気も胸が苦しくなるような重く切ない雰囲気でした

 北沢は、以前近隣で起きた小学生の自殺事件に興味を持っていました。「むりをして生きていても/どうせみんな/死んでしまうんだ/ばかやろう」という小学生の残した言葉は作中で何度も登場します。また、原口統三の『二十歳のエチュード』という遺稿集も読んでいました。直美は「あたしと、心中しない?」とささやきます。生きている人たちもそれぞれが辛い境遇に置かれています。同級生の船橋はかつての素行の悪さから進学は絶望的な状況でした。北沢の父親は酔っぱらって普段は溜め込んでいる愚痴をこぼします。小学生の遺書のように、みんなが無理をしながら生きていて、しかもいつかは死んでしまうのでした。

 それでも、と作者は語ります。それでも、たとえ誰かが死んだとしても、残された人たちは生きていかなければなりません。北沢と徹也は「いちご同盟」を誓い合います。悲劇に浸るわけでもなく、正論を一方的に押し付けるわけでもない感じは、読んでいてすんなり胸に入ってきました。

 本作にはベートーヴェンピアノソナタ15番ニ長調、「田園」と呼ばれる曲が登場します。当初、北沢は退屈な曲だと思っていましたが、直美や徹也との出会いを経てこの曲の真の意味を理解することになります。小難しい演奏技術の話をされてもピンときませんが、経験により曲の理解が深まったというのは読者にも伝わりやすい展開だったと思います。

 ここまで読んでくださってありがとうございました。