本をめぐる冒険

読んだ本の感想などを書いてみるブログ。

『眼球堂の殺人』紹介

 こんにちは。

 皆さんは「数学」と聞くと、何を思い浮かべますか?多くの人が抽象的で難しいと考える一方、他にはない論理的な純粋さや美しさを感じる人もいたりと、結構好き嫌いが分かれる分野です。また、一般的には小説のような文学とは対極にあるイメージだと思います。ですが、数学を題材とした本というのも実は数多く書かれています。

 というわけで、8月のテーマは『数学』です。

 さて今回は、周木律さんの『眼球堂の殺人』を紹介します。

 

 

〇あらすじ

 ルポライターの藍子は放浪の数学者・十和田に付きまとい、共に眼球堂へ向かう。山奥に建つ奇抜な建物は世界的建築家である驫木によって建てられたもので、彼は各界の才能ある人間を招待していた。夕食の席で彼は建築至上主義とも言える独自の理論を語り、参加者たちを圧倒する。しかし翌朝、その驫木が高さ10メートルの柱の上に、まるでモズのはやにえのように突き刺さっているのが発見された。

 

〇数学と物語と

 本作には、奇抜な構造の館やクローズドサークル、読者への挑戦など本格ミステリーではお馴染みと言われる要素が多く含まれています。加えて、ユークリッド幾何学における五つの公理や完全数といった数学知識が度々登場し、なおかつ事件にも絡んでくる理系ミステリーでもあります。小説で数学者が登場する場合、その人物の天才性を表すただの肩書として記号的に用いられることが多々ありますが、本作では数学の考え方そのものが本筋にも関わってきます。最後に論理的に事件の真相を『証明』していく姿は鮮やかでした。

 探偵役である十和田は、エルデシュシュトラウス予想を解決した数学者という設定を持っています。エルデシュシュトラウス予想は、現実ではまだ証明した者のいない未解決問題とされています。それは、

『2以上の任意の自然数nに対し、

 を満たす自然数x、y、zが必ず存在する』

というものです。未解決なのが不思議なくらい、非常に簡単な問題に見えますね。ハンガリー出身の数学者・ポール・エルデシュは放浪の天才数学者と呼ばれ、多くの数学者と共同論文を書いたこと(彼との近さを示すエルデシュ数と呼ばれる概念がある)、神を最高の独裁者と呼んだこと、全ての定理が記された理想の本を「あの本」と呼んだことなどのエピソードを持っています。これらはすべて十和田の設定の元ネタになっています。まるで小説の人物のような奇抜な数学者が現実にも存在したとは驚きですね。

 ここまで読んでくださってありがとうございました。