本をめぐる冒険

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『容疑者Xの献身』紹介

 こんにちは。

 皆さんは「数学」と聞くと、何を思い浮かべますか?多くの人が抽象的で難しいと考える一方、他にはない論理的な純粋さや美しさを感じる人もいたりと、結構好き嫌いが分かれる分野です。また、一般的には小説のような文学とは対極にあるイメージだと思います。ですが、数学を題材とした本というのも実は数多く書かれています。

 というわけで、8月のテーマは『数学』です。

 さて今回は、東野圭吾さんの『容疑者Xの献身』を紹介します。「ガリレオ」シリーズ初の長編で直木賞受賞作、映画も大ヒットしました。ミステリーなので特にネタバレに注意して書きたいと思います。

 

 

〇あらすじ

 弁当屋で働く靖子は、しつこく付きまとってきた元夫を娘と一緒に殺してしまう。死体を前に呆然とする二人のもとを訪ねてきたのは、隣部屋に住む高校教師の石神だった。何もなかったと言って帰そうとする靖子に、石神は「女性には死体の処分は不可能です」と言い、死体の処理を任せてほしいと申し出る。一方、事件を捜査していた草薙は物理学者の湯川の元を訪れた。湯川と石神は同じ大学の同窓生でもあった。

 

〇数学と物語と

 本作の見どころは何といっても肝となるトリックの素晴らしさです。本作は靖子が元夫を殺すシーンから始まり、探偵役の湯川視点と靖子や石神の視点が交互に出てくるいわゆる倒叙ミステリーの形式を取っています。読者としては犯人も分かっているし、犯行シーンも見たにも関わらず、なんとなく微妙な違和感を抱えたまま読み進めていくことになります。そして、実は最後に読者を欺くトリックが仕組まれています。その鮮やかさはこれまで読んできたミステリーの中でも1,2を争うくらいでした。ネタバレなしに説明することは難しいのですが、「いいからとにかく読んで!」と言いたくなる作品でした。

 では数学の話をしましょう。本作に登場する数学は主に2つです。一つは「四色問題」。石神が大学時代に取り組んでいたという問題で、本作のテーマにもなっている難問です。簡単に説明すると、「隣り合う部分を違う色で塗っていったときに、すべての地図が4色で塗分けられるかどうか」という問題になります。まるで小学生の塗り絵のような、一見すると数学の難問らしからぬ変わった問題ですね。数学科ではない人間の素朴な質問から多くの数学者が挑むことになり、難問とみなされるようになったという経緯も変わっています。実はこの問題、すでにコンピュータによる証明がなされています。これを美しくないとして別の証明に挑んでいたのが大学時代の石神でした。

 もう一つは「P≠NP予想」。本作では「誰にも解けない問題を作ることとそれを解くことはどちらが難しいか」という形で引用されています。つまり、真犯人を隠そうとする石神と謎を解こうとする湯川の関係を象徴するような問題というわけです。数学的にはどうやって解くのか全く分からない難問ですが、こちらも数学的な要素がストーリーにぴったり当てはまっています。ちなみにこの問題はミレニアム懸賞問題の一つでしかもまだ未解決、証明できれば100万ドルの大金がもらえるそうです。

 また、頭の中で考えて最適解を見つけ出す石神と、仮説を立てて実験を繰り返すことで確かめていく湯川とで考え方が異なるのもなるほどと思いました。数学と物理学におけるアプローチの違いが、そのまま犯罪に対するスタンスの違いにもなっていました。著者の東野圭吾さん自身も工学部出身で、専業作家になるまでは技術者として働いていたそうです。ガリレオシリーズにはそのときの経験が活かされているみたいです。ひょっとしたら石神のような同期がいたのかも?と想像してみても面白そうですね。

 ちなみに、ドラマ版や映画版では柴咲コウさん演じる内海が湯川に協力を仰ぐ刑事として活躍していますが、原作では草薙が主にその役割を果たしています。男女の違いのためなのか、湯川と草薙(内海)との間の意見の相違も、原作と映画とでは少し違って見えます。さらに映画では、石神が湯川を誘って雪山登山に向かうというシーンが追加されています。

 ここまで読んでくださってありがとうございました。