本をめぐる冒険

読んだ本の感想などを書いてみるブログ。

『その扉をたたく音』紹介

 こんにちは。

 もうすぐ待ちに待った夏休み!夏休みと言えば、宿題の定番である読書感想文

 とは言え、あらためてまとまった文章を書くのはなかなか大変ですよね。ついつい後回しにして、最後に泣く泣くやることになるのはよく聞く話です。元学生の方には、今となっては懐かしい思い出かもしれませんね。

 というわけで、今月は今年(2022年)の課題図書に指定されている作品を読んでいきます。今回は瀬尾まいこさんの『その扉をたたく音』を紹介します。高校生向けの一作となります。

 

 

〇あらすじ

 俺は老人ホームでサックスの神に出会った。体の奥に浸透するような、こちらを引っ張ってくれるような音色に惚れ、職員である渡部君に一緒に音楽を始めようと迫る。水木というおばあちゃんにも半ば強制的に買い物を頼まれるようになり、無職で暇を持て余していた俺は老人ホームに通うことになる。

 

〇私なりの感想文

 優しい世界観で主張するテーマもはっきりしているので、とても読みやすかったです。

かつてはミュージシャンを目指していたが、いつの間にかその情熱もなくなり、今はただ親のすねをかじっていた「俺」。時折高校時代の思い出も語られますが、30歳手前で無職という主人公は、今月これまで読んできた若い主人公たちに比べると、かなり現実寄りで悲哀に満ちています。高校生からしたら29はもうおっさんなのでは?と心配してしまいます。

 そんな「俺」も、水木のおばあちゃんに買い物を代行したり、本庄さんにウクレレを教えたりと、老人ホームでの出会いを通して他人と向き合っていけるようになっていきます。ですが、ただ楽しいだけではなく、認知症や病気といった高齢者ならではの展開もあっていろいろ考えさせられます。特に作中では「自分の子供に対する遠慮」も語られており、利用者たちの子供は全く出てきません。もちろんそれは無職の「俺」と違って働きに出ているからでもあるのですが、なんとなく寂しい気もします。かといって介護が理由の事件も起きているので、難しいところです。

 老人ホームで働いていて、サックスで主人公とコンビを組むことになる渡部君も、結構強烈なキャラクターでした。いつもはひょうひょうとしていてどこかとぼけたような感じの好青年なのですが、妙に肝が据わっていて時に年上の主人公にも歯に衣着せぬ物言いをします。高校時代に駅伝部に臨時で出場したというかなり具体的な過去が語られるのですが、どうやら瀬尾さんの『そしてバトンは渡された』という作品に登場しているようです。複数の作品で一つの世界観を共有している作家さんだと、他の作品も読んでみたくなりますね。

 本作では「ミュージシャンの歌は自分のために歌っている」という言葉が印象に残りました。逆に、相手を思い浮かべて演奏している歌の方が相手の心に響きます。中高と部活でやっただけという渡部君のサックスも、老人ホームの利用者のために演奏しているからこそ主人公の胸に届いたのでした。この辺りには作者の瀬尾さん自身の思いも込められていそうな感じもします。

 最後は、「俺」の好きな曲・Wake Me Up When September Ends(9月を過ぎたら起こして)にあるように、「もう無邪気ではいられない」主人公が立ち上がって終わります。おっさんの主人公に高齢化社会の現実と、できるなら見たくないタイプの「大人」な部分を見せつつも、全体的に綺麗にまとまっていました。テーマもはっきりしているので、誰にでも読みやすい小説だったと思います。

 ここまで読んでくださってありがとうございました。