本をめぐる冒険

読んだ本の感想などを書いてみるブログ。

『海を見た日』紹介

 こんにちは。

 もうすぐ待ちに待った夏休み!夏休みと言えば、宿題の定番である読書感想文

 とは言え、あらためてまとまった文章を書くのはなかなか大変ですよね。ついつい後回しにして、最後に泣く泣くやることになるのはよく聞く話です。元学生の方には、今となっては懐かしい思い出かもしれませんね。

 というわけで、今月は今年(2022年)の課題図書に指定されている作品を読んでいきます。今回はM・G・ヘネシーさんの『海を見た日』を紹介します。中学生向けの一作となります。

 

 

〇あらすじ

 ヴィクは、自分が優秀なスパイであるという想像の世界の中に生きていた。マーラは、英語が全く話せないためおそろしく無口だった。ナヴェイアは、二人の母親代わりをしながら、いつか自分が医学校に進むことを夢見て勉強していた。そんな彼らの里親であるミセス・Kの元に、アスペルガーを患うクエンティンがやってくる。ヴィクはクエンティンのママを探しに行こうと言い出し、マーラやナヴェイアも巻き込まれていく。4人の冒険が始まる。

 

〇私なりの感想文

 本作は、かなり独特な3人の語り手により描写されているのが特徴です。アスペルガー症候群を患い、ママとの思い出に囚われているクエンティン、ADHDにより現実から逃れ、空想の世界に生きるヴィク、3人の面倒をしぶしぶ見ながらも、今の生活からの脱出を夢見るナヴェイアの3人が、それぞれの視点からとある一日を語っていきます。マーラ視点だけは英語が喋らない設定のためか、本作にはありません。クエンティン視点は、アスペルガー症候群の影響で音や匂いに敏感な様子が描写されていますし、周りとうまくコミュニケーションが取れない感じも表現されています。ヴィクの視点では、空想と現実の区別がつかなくなっています。ナヴェイア視点だけは二人に比べると読みやすいものの、最初は全体像が見えずに少々面食らうかもしれません。ですが、読みづらさにも意味があるのではないでしょうか。もしかしたらアスペルガー症候群ADHDを患っている子供たちからは、世界はこんな風に見えているのかもしれません。そういう意味では、今年の課題図書の中で一番読みごたえがあって面白かったです。

 ある程度読み進めていくと、4人の置かれている絶望的な状況が分かってきます。4人とも親がいない孤児で、里親制度により偶然にミセスKの元へ集められただけでした。ミセスKも夫に死なれて失意の底におり、自分の事で精一杯でした。みんなつらい現状から目をそらすように現実逃避しており、初めはお互いに自分の都合で相手を利用しようとしていました。ですが4人だけで冒険するうちに、本当のきょうだいのように思い合うようになっていきます。特に『海を見た日』というタイトルの意味が回収されるシーンが非常に爽やかで印象的でした。そのころには物語に入り込んでいて、最初にあった読みづらさも全く気にならなくなりました。

 読んでいるうちはナヴェイアに感情移入していましたが、個人的にはヴィクが非常にかっこよかったです。一見妄想の世界で好き勝手にやっているようですが、新入りのクエンティンのために冒険を始めたり、疲れ切っているみんなに息抜きを提案したり、勘違いから傷つけてしまったナヴェイアのために体を張ったりと、常に行動力と優しさを持ち合わせています。どんな状況に置かれていても腐らずに誰かのために行動できるヴィクは、ある意味では精神的にも強いんじゃないかと思いました。

 子供たちだけで行動するときの、あの頃のわくわく感も思い出せた素敵な作品でした。

 ここまで読んでくださってありがとうございました。