本をめぐる冒険

読んだ本の感想などを書いてみるブログ。

多くの人々の祈りを託された馬が走る 『優駿』紹介

 こんにちは。

 今日5月29日には、日本競馬界でも最も特別なレース・日本ダービーが開催されました。今月はそれにちなみ、『』まつわる本を読んでいきたいと思います。

 2007、牝馬としては64年ぶりに日本ダービーを制したのはウオッカでした。また、父のタニノギムレットもダービーを制覇しており、父と同じくお酒のウォッカから名付けられています。最大のライバルであるダイワスカーレットとは同い年で、何度も名勝負を繰り広げました。GⅠ7勝はシンボリルドルフディープインパクトに並ぶ記録で、牡馬にも負けない勝負強さをを発揮しました。

 さて、今回紹介するのは、宮本輝さんの『優駿』です。

 

 

〇あらすじ

 ハナカゲの出産が目前となった夜、博正は牧場にやって来た久美子に馬への熱い思いを語る。ハナカゲの仔はトカイファームにとっては大博打だった。生まれてきたのは、額に星型の流星を持つ青毛の馬だった。仔馬が無事に成長するよう、そして久美子への想いが実るように祈りを込める。

 

〇この馬がすごい!

 トカイファームに生まれた青毛の馬は、スペイン語で「祈り」という意味を持つ「オラシオン」と名付けられます。本作はオラシオンの出産から日本ダービーに出場するまでを、彼に関わる人間たちのそれぞれの物語を交えて描いていきます。

 本作は人間ドラマ的な面が強い作風になっています。各章ごとに視点が切り替わるのですが、登場人物はみな悩みや辛い過去を抱えています。各エピソードの描写がすごく濃密で、いつの間にか引き込まれていきます。本人の自業自得なところも多く、人間の業の部分がよく描かれていました。上下巻構成で結構な長さがある本なのですが、それを忘れるくらい没頭して読んでいました。

 オラシオンはその名の通り、牧場主の千造、その息子の博正、馬主となる和具、その娘の久美子など、多く人々の想いを背負って成長していきます。サラブレッドは人間の都合で生かされも殺されもする経済動物で、さらに人間の祈りまで勝手に背負わせようとします。それでも、それらをすべて託されたオラシオンが颯爽と駆けてくれるのがいいですよね。人間の言葉さえ分からないはずの馬がその気持ちに応えてくれるように走る。むしろ、人間の思いなんて知らないからこそ、ただただ純粋な走る姿に感動するのかもしれません。サラブレッドの走る姿は美しい。ただそれだけの理由から、人は競馬に魅せられるのかなと思いました。

 ところで、吉永ファームにセントエレストラという馬が出てくるのですが、「アメリカに行って10万ドルで買ってきた」「リーディングサイアー首位を何年も独占し、日本の種牡馬の歴史を塗り替えた」と説明されています。調べてみると、社台グループの種牡馬ノーザンテースト」がほとんど同じようなエピソードを持っていました。経営者である吉永は唯一世界でも顔が利く日本の競馬関係者であるという描写もあり、社台グループがモデルとなっているのは間違いなさそうです。青毛のダービー馬はまだいないそうなので、オラシオンには明確なモデルはないのかもしれません。

 ひさびさに骨太の本を読んで、読書そのものの面白さを感じることができました。