本をめぐる冒険

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元騎手が描く競馬ミステリー『大穴』紹介

 こんにちは。

 今年5月29日には日本競馬界でも最も特別なレース・日本ダービーが開催されます。今月はそれにちなみ、『』まつわる本を読んでいきたいと思います。

 1997年、第64回日本ダービーで勝利したのはサニーブライアンでした。この馬は11番人気から皐月賞を制したものの、実力馬がけん制し合ったことによるまぐれ勝ちとみなされてしまいます。ダービーでも依然人気は低かったのですが、結果は1馬身差の逃げ切り勝ち。レース後に大西騎手は「1番人気はいらないから1着だけほしかった」と語っていたそうです。その後ケガにより菊花賞を断念、ダービーが最後のレースとなりました。

 さて、今回紹介するのは、ディック・フランシスの『大穴』です。競馬業界を舞台にしたミステリー《競馬シリーズ》の1冊となります。著者は女王陛下の専属騎手を務めたこともある人物で、競馬業界のリアリティはどの小説よりもあると思います。

 ミステリー作品なのでネタバレには注意して書いていきます。

 

 

〇あらすじ

 かつて騎手として大障害のチャンピオンだったハレーは、探偵事務所で競馬課に配属されるも、仕事を回してもらえずにやる気のない日々を送っていた。ある日、ハレーはチンピラに銃で撃たれて病院のベッドで目を覚ます。療養中に義父のチャールズの元に身を寄せるも、競馬場の乗っ取りをたくらむクレイという男の調査に協力するよう頼まれる。ハレーは探偵事務所に復帰し、事件に取り組むことに。

 

〇この馬がすごい!

 騎手を引退し、探偵をやっている男が主人公のミステリーで、とにかくハレーが良かったです。途中まではケガによる引退に屈折し、仕事を回してもらえずにくすぶっているのですが、義父から調査に協力するように依頼され、自分からやる気を出すようになってからは一気に面白くなります。上司のラドナーもそれを待っていたようで、ハレーに自由にやっていいと指示を出します。これまで書類仕事ばかりだったのも探偵の仕事について理解させるためでした。また、探偵事務所の同僚たちもハレーに協力してくれます。あまり硬くなりすぎずに軽いジョークを加えてくれるのも、ハレーをリラックスさせようという優しさが見えますね。こうしてみると結構理想の職場なのでは?という気もします。ただし、拳銃で撃たれて入院することもありますが。ミステリーの本筋だけでなく、ハレーの成長という点で見ても見応えがありました。

 著者であるディック・フランシスはかつて競馬騎手として活躍し、クイーン・エリザベス(エリザベス太后の専属騎手も務めた経歴の持ち主です。本作にもそれは存分に生かされており、業界事情やレースの描写などは数ある競馬小説の中でもずば抜けています

 もう一点、本作は菊池光さんによる翻訳がとても素晴らしかったです。海外の作品は翻訳一つで全然変わってしまうことがありますが、本作はハードボイルド的な雰囲気を崩さず、なおかつ読みやすい文章でした。菊池さんは他のディック・フランシス作品も担当しており、亡くなった際にはディック・フランシス本人から追悼文が寄せられたとのこと。翻訳ものはちょっと・・・という方にこそオススメしたいです。

 ここまで読んでくださってありがとうございました。