本をめぐる冒険

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SF成分強めの異色作『競馬の終わり』紹介

 こんにちは。

 今年5月29日には日本競馬界でも最も特別なレース・日本ダービーが開催されます。今月はそれにちなみ、『』まつわる本を読んでいきたいと思います。

 1951年の第18回日本ダービーを勝ち取ったのは、トキノミノルでした。3歳時のレースではレコード勝ちを連発。直前の調教では不安もありましたが、多くの人々の期待に応えてダービーを制覇します。しかし、その3週間後に破傷風によりこの世を去りました。10戦10勝でダービー勝利後すぐに亡くなったことから「幻の馬」と呼ばれることとなりました。東京競馬場に建てられたトキノミノル銅像は、待ち合わせ場所の定番とされているそうです。

 さて、今回紹介するのは、杉山俊彦さんの『競馬の終わり』です。

 

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〇あらすじ

 サラブレッド牧場を経営する笹田のもとにロシア人弁務官アレクセイ・イリッチが訪れた。「馬を買いに来た」と言うアレクセイ。22世紀の競馬はサイボーグ化が予定されており、生身でダービーが行われるのは次回が最後だった。

 

〇この馬がすごい!

 過去の名馬を描いた作品はいくつかありますが、本作では100年後の未来の競馬を描くSF作品となっています。日本はロシアに占領され、天変地異から日本以外の場所では競馬が行われなくなっている、というなかなかぶっ飛んだ設定です。

 競馬小説と言えば、サラブレッドの見た目や生き方の美しさを称える作品が多いですが、「馬は絶望に向かって走っていく」とするのが本作の特徴です。競走馬は命をすり減らしながら猛スピードで駆け、一握りの勝者以外は殺される運命にあります。本作ではそれを突き詰めていくとどうなるのかを描き、まるで現代競馬に対する皮肉のようにも思えます。

 22世紀の日本では競走馬のサイボーグ化が行われる運命にあります。それは競馬のスポーツ面での意義が失われることであり、タイトルの「競馬の終わり」の意味になります。

 ポグロムという馬がアレクセイの持ち馬となり、最後の生身のダービー馬を目指すことになります。どのレースでも実力を出し切らずに圧勝し、凶暴な性格もあって「悪魔的」とも形容されます。馬というよりも文字通りの怪物のような存在で、絶望に向かっていくという本作のテーマを体現しています。ダービーに向かって話は進んでいき、最後はかなり劇的な幕切れとなります。

 「ダービー馬の馬主になるのは一国の宰相になるよりも難しい」とはイギリスの首相チャーチルの言葉ですが、22世紀になってもダービー馬の馬主になりたいものなのですね。

 ここまで読んでくださってありがとうございました。