本をめぐる冒険

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秘密の情報を売る女から始まるサスペンス『馬を売る女』紹介

 こんにちは。

 今年5月29日には日本競馬界でも最も特別なレース・日本ダービーが開催されます。今月はそれにちなみ、『』まつわる本を読んでいきたいと思います。

 1943年の第12回日本ダービーを制したのはクリフジでした。3歳時にセリに出されたとき、当時としては高額の4万円の一声でいきなり落札されたという逸話があります。それほど期待されていたクリフジは牝馬でありながらダービーを制覇、当時は秋に行われていたオークス菊花賞も勝利し、変則三冠を達成しました。中央競馬における11戦11勝という記録はいまだに破られていません。

 さて、今回紹介するのは、松本清張さんの『馬を売る女』です。2回連続松本清張ですが、本作は本格ミステリー色が強かった前作とは違い、一風変わったサスペンスものとなっています。

 ミステリー作品なのでネタバレに注意して書いていきたいと思います。

 

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〇あらすじ

 星野花江は有能な秘書として働いていたが、社内金融をするなどお金に執着していた。彼女は馬主でもある社長の電話を盗み聞きして、その情報を会員に売るという競馬予想屋の仕事もしていた。盗聴に気付いた社長は秘書を失いたくないと思い、一計を案じるが・・・。

 

〇この馬がすごい!

 本作には馬そのものはまったく出てきません。出てくるのは馬の「情報」だけでした。

 タイトルの「馬を売る女」とは、馬主だけが持っている競馬情報を売りさばく女のことでした。調教師や騎手、厩務員は馬券を買うことができません。関係者の持つ情報というのはそれくらい重要なものであり、競馬ファンにとっては会費を払ってでも欲しいものでした。すでに秘密の匂いがしてそそられる始まり方です。

 秘書という立場を利用し、電話を取り次ぐ際に会話を盗み聞きする女でしたが、そこから話は二転三転していきます。終始淡々とした描写ですが、サスペンス色がかなり強く、話の転換が多くて読みごたえがありました。実は冒頭には深夜の首都高の非常駐車帯に止まっている車の話が出てくるのですが、それも最後に絡んできます。

 耳慣れない競馬用語がたくさん出てくるのも本作の特徴の一つ。「焼酎蒸し」という言葉が意味深な感じで出てくるのでそれがカギになるのかと思って読んでいましたが、最後まで明かされませんでした。どうやら「焼酎蒸し」とは、焼酎で馬体をマッサージする方法のことを言うらしいです。勉強になりました。

 電話で会員に情報を流したり、”アベック”が深夜の車内で過ごしたりと今となっては珍しい描写が多いところも面白かったです。

 表題作である「馬を売る女」以外にも、ホテルや旅館の備品を持って帰る男が出てくる「駆ける男」、没落した時代小説家が出てくる「山峡の村」も収録されています。一風変わった曲者が犯罪に関わってくる、ちょっと変わった短編集でした。

 ここまで読んでくださってありがとうございました。