本をめぐる冒険

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枯れ果てた古桜をめぐる女たちを描く『淡墨の桜』紹介

 こんにちは。

 4月のテーマは『』です。福島県田村郡三春町の三春滝桜、埼玉県北本市の石戸浦桜、山梨県北杜市の山高神代桜静岡県宇都宮市の狩宿の下馬桜、岐阜県本巣市の根尾谷の淡墨桜の5つの桜を総称して日本五大桜と言います。いずれも樹齢800年から2000年と言われており、国の天然記念物に指定されています。古くから日本人を魅了してきた桜は、数多くの小説にも登場してきました。

 今回紹介する本は、宇野千代さんの『薄墨の桜』です。

 

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〇どんな本?

 淡墨桜という樹齢1500年以上の実在のエドヒガンザクラをもとにした小説になります。著者の宇野千代さんは実際に訪れてこの桜の惨状について寄稿文を書き、世論や岐阜県知事を動かしました。本作ではそのエピソードを下敷きにしています。

 こちらで紹介した水上勉さんの『櫻守』でも淡墨桜の移植のエピソードが登場しています。

 初出は「墨の桜」とされていましたが、愛蔵版を刊行する際に「墨の桜」と改題されています。

 

〇あらすじ

 着物デザイナーである私は、樹齢1200年の淡墨の桜を見に岐阜県根尾村へ行く。そこにあったのは、枯れかけた桜の無残な姿だった。桜のすぐ下にある水田をなくせばいいと私が言うと、その水田の持ち主である老婆が通りかかる。牧田というその老婆は私の提案をにべもなく跳ねつけ、私は淡墨の桜の回生に闘志を燃やすのだった。

 

〇この『桜』がすごい!

 本作で登場する桜は枯れ果てた老木です。幹は腐り果てており、花もほとんど咲かず、非常に痛々しい様子が描かれます。あとがきによると、最初に見た淡墨の桜は実際にそういった惨状だった模様です。

 作中の「私」は着物のデザインのために桜を見に来たのですが、途中からデザインそっちのけで淡墨の桜にのめりこんでいきます。

 それと対比するように、我が強く強烈な個性を放つ牧田高雄という老婆が登場します。淡墨の桜のすぐ下の水田の所有者で、桜を保護しようとする「私」と対立することになります。高雄はもう一人の主役とも呼べる存在です。高雄は靴磨きから這いあがっていき、際どい骨董品売買や不動産売買で財を成しました。そうした経歴もあって徹底した現実主義者で、生活の役に立たない桜を保護しても意味はないと言い放ちます。また、養女である芳乃を全面的に支配しており、後半は芳乃をめぐる急展開が待ち受けています。

 「私」と高雄の女同士の意地の張り合いがとても面白かったです。譲れない部分は絶対に譲ろうとしない反面、高雄は「私」のデザインした着物を買うし、「私」も高雄の料亭に行ったりします。相手を憎みつつも水面下ではしっかりと計算しているところなどは、現実的な女性ならではの喧嘩の仕方と言えそうです。このあたりの描写はさすが女流作家だなと思いました。

 ここまで読んでくださってありがとうございました。