本をめぐる冒険

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フィクションを超える圧倒的な現実 『殺人犯はそこにいる』紹介

 こんにちは。

 本日は、ジャーナリスト清水潔さんのノンフィクション『殺人犯はそこにいる』を紹介します。

 2016年の文庫化の際にタイトル名、著者名も伏せられたまま書店で販売され話題となりました。本のすごさをどう伝えればいいのか分からなかったため、この異例の販売方法を取ったそうです。おかげでまんまと私も手に取ってしまいました。

 今回もネタバレなしで書いていきたいと思います。

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Michal JarmolukによるPixabayからの画像

〇どんな本?

 北関東で起きた5つの誘拐事件を扱ったノンフィクションです。

  • 1979年8月、栃木県足利市で福島万弥ちゃん(5歳)が誘拐、殺害される
  • 1984年11月、栃木県足利市で長谷部郁美ちゃんが誘拐、殺害される
  • 1987年9月、群馬県尾島町で大沢朋子ちゃんが誘拐、殺害される
  • 1990年5月、栃木県足利市で松田真実ちゃんが誘拐、殺害される
  • 1996年7月、群馬県太田市で横山ゆかりちゃんが誘拐、行方不明に

 事件はいずれも4歳~8歳の幼女を狙ったもので、すべて半径10キロ圏内の範囲で起こっています。このうち、4件目の「足利事件」は「犯人」が逮捕されており、事件はすでに解決済みとされてきました。

 ならばなぜ5件目の事件は起きたのか。

 清水潔さんは以前にも桶川ストーカー事件で犯人を見つけ出した経験もある記者で、今回は「日本を動かす」という報道プロジェクトを発端として連続誘拐事件に取り組みます。

〇あらすじ

 栃木県と群馬県の県境で5人の幼女が誘拐、殺害される事件が起きていた。真犯人がいるのではないか。しかし警察はそれを連続誘拐事件としては認めていなかった。足利事件の犯人が逮捕されたからだ。犯人は自供しており、何よりも初めて「DNA型鑑定」が証拠として認められた重要な事件だった。司法の高い壁が立ち塞がる。だが、取材を重ねていくうちに疑問は確信に近づいていく。5人を殺害し罪を逃れる殺人犯はそこにいるのだ。

〇ここから面白い!

 まず感じられるのが圧倒的なリアルさでした。強引な捜査で犯人を決めつける警察。メンツのためにミスを認めない検察。それをただ垂れ流すだけのマスコミ。今でも愛する人を失った悲しみや報道被害に苦しむ被害者。まるでドラマみたいですが全てが事実です。ノンフィクションでしかありえない現実の生々しさには強い衝撃を受けます。

 特に司法の壁は厚く、一記者の声など無情にも突っぱねようとします。それでも清水さんはめげずに立ち向かい、当時の捜査員や警察幹部にも直接会って話を聞きます。何度も現場に足を運び、遺族の小さな声に耳を傾けます。全編通して凄まじい熱量を感じました。そうした情熱を持った人だからこそ、周囲の人々を味方につけていき、ついには世論の動きを変えていったのかなと思います。しばらくはあらゆるフィクションが陳腐に思えそうなほどでした。確かに書店員さんが異例の販促をしたのも納得でした。

 日本の警察は信頼できる。大多数の日本人ならそう信じているのではないでしょうか。そうでなくともニュースで犯罪者として報じられれば、それを疑う人は少ないでしょう。確かに国民皆が警察を信頼しなくなれば、犯罪が多発し治安は悪化するかもしれません。ですがそのことが逆に冤罪を生み出す原因になり、恐ろしいことに真犯人に猶予を与えることになってしまいます。

 DNA型鑑定と言えばニュースでも決定的証拠とされることが多く、ドラマでは最後の証拠として突きつけられるシーンが思い浮かびます。しかし、足利事件のときには運用開始されたばかりで信頼性も高くなかったことが判明します。本書の最後に、当時この事件を担当した技官が著書の中で「今後とんでもないことが起こるかもしれない」と心情を吐露していました。組織の理屈が個人の倫理観を塗りつぶしてしまうことを本当に恐ろしく思います。

 また、被害者遺族が一般市民からの心ない言葉に傷ついているということも指摘されていたのが印象に残りました。「子供をパチンコ店に連れて行った親が悪い」「男を挑発するような女の行動にも問題があった」など、場合によっては確かに思ってしまいそうです。そうでなくても、私たちもたとえ一つの事件に悲しんだとしても、すぐに次から次へと流れてくるニュースに忘れてしまいます。ですが、被害者遺族は一生傷を負ったまま、報道被害や心ない非難の声に苦しみ続けています。無関係だと思っている我々もメディアに加担し、加害者側に回ることもあるのだと思いました。

 著者のゆるぎない信念が伝わる、魂を揺さぶるノンフィクションの大作だと思いました。

 ここまで読んでくださってありがとうございました。