本をめぐる冒険

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歴史的大発見にロマンを見出す 『敦煌』紹介

 こんにちは。

 本日はこちらで紹介した1960年のベストセラーにも載っている、井上靖さん著『敦煌』を紹介します。

 「忘れ去られた石窟に900年前の経典が隠されていた」という歴史的な発見から想像された物語です。そうした事実を念頭に置いて読むととても面白く、歴史小説の醍醐味が味わえます。

 今回もネタバレなしで書いていきたいと思います。

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Michal JarmolukによるPixabayからの画像

〇どんな本?

 『敦煌』は11世紀ごろの北宋代の中国を舞台とした歴史小説です。当時の宋は遼や西夏といった西方の異民族の侵攻を受けており、常に外敵を抱えている状況でした。本書でも急成長し勢いを増す西夏や、終わりのない戦いの日々、翻弄される人々の悲哀が描かれています。

 敦煌とは中国と西域を行き来する際に必ず通る交通の要地として当時栄えた都市でした。その後はモンゴル帝国の侵略以降長らく忘れ去られていましたが、20世紀初めに王円籙によって石窟に眠っていた大量の経典が発掘され、世界的な注目を集めることとなります。本書ではなぜ経典が石窟に塗り固められていたのかを解き明かすように、歴史的な発見に基づいて、趙行徳、朱王礼、尉遅光という3人の架空の人物による物語が紡がれていきます。

 

〇あらすじ

 官吏任用試験を居眠りにより失敗した趙行徳は、罪を犯し身体を切り売りされそうになっている西夏の女を助ける。お礼として受け取った布片に書かれた見慣れぬ文字と、死を前にしてのふてぶてしいまでの女の態度に興味を持ち、建国後急速に勢力を伸ばしている西夏へ向かう。その後、西夏軍に組み込まれることになり、粗暴だが人間味あるリーダー・朱王礼の下でウイグルと戦うことに。甘城攻略の際に保護した王族の女を朱に託し、西夏文字を学びに西夏の都市・興慶へ向かう。

 

〇ここから面白い!

 一番のポイントは歴史小説として純粋な面白さでしょう。

 上で述べたように『敦煌』は歴史的大発見という事実をもとに作られた物語です。その時代を生きている人はもう存在しなくとも、発見された事実から過去にあった出来事を想像し作り上げていくのが歴史です。「忘れ去られた石窟に900年前の貴重な資料が眠っていた」というだけでも心躍る大発見ですが、その歴史的な事実から時間を越えて壮大な物語を想像するのはまさに歴史小説のロマンですね。

 登場人物たちは架空ですが、事実に基づく部分も多く、実際にあったことかもしれないと思わせる内容となっています。全体的に淡々と描写されており、強い西夏に蹂躙されていく都市や果てしない砂漠が続く舞台設定と合わせて歴史の無常さみたいなものを感じます。

 一方で物語の展開としても工夫されており、冒頭で身体を切り売りされそうになっている女を助けるところから始まるなど、ドラマチックな場面もあります。死を前にしてもふてぶてしい態度をとり続けた女に趙行徳は激しく興味を惹かれますが、その後は周囲に巻き込まれる形で半ば流されるように行動していきます。王族の女に約束を取り付けられ、朱王礼の命令で西夏文字を学び、何をしたいのか悩む場面もあります。自我が強く行動力のかたまりのような朱や尉遅光とは真逆の、かなり流されやすい性格付けをされています。ですが何度も死線をくぐるうちに死を前にしても譲れないものに至り、最後には自分から行動するようになります。そういう意味では趙が成長し変わっていく物語とも言えそうです。

 ロマンと切なさが淡々と描かれた面白い歴史小説でした。

 ここまで読んでくださってありがとうございました。